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濡れて堕ちて……
第8章 甘美





「もしかして、誰かが助けに来てくれるなんてバカみたいな期待してるんですか?」



ドキッ


考えを見透かしたような言葉。

顔を上げると、またあの悪魔のような笑みを浮かべてる。

この顔をする時の徹は何か良からぬ事を考えてる。


嫌な予感と共に心臓の鼓動が焦ったように脈打つ。



「さっき陽子さんの携帯で浩一さんにメールしたんです。

“実家の母親が倒れちゃったから1週間ぐらい泊まり込みで看病する”って」



な、何です、って…?

先手を打たれていた。


こんな部屋を用意して、私すらも騙してたんだ。

そんな抜け目のない徹が、間抜けな失敗をするはずがなかったのだ。


「浩一さんからも返信ありましたよ。

“こっちも仕事が忙しくなりそうだから、気にせずゆっくりして来い”ですって。

優しい旦那様ですね」




そんな…。

浩一…。



最後の頼みの綱が絶たれた。

絶望が私を襲う。




何をどうしたって

私は逃げられない。



「陽子さんの職場には退職の旨を書いた手紙をFAXしときました。しばらくスーパーからの着信で携帯が鳴りっぱなしでしたけど、恐らくもう諦めてくれたと思います」



職場にまで?

そうだ、職場の誰かが捜索願いを出さないととも限らないし。




とうとう、私は追いつめられてしまった。



どこにも逃げ場がなくなった。





「はい、サラダも食べて下さい。他にリクエストがあれば作りま──────」



バシッ

私の口元に伸ばすスプーンを持った徹の手を振り払った。

勢いでもう片方の手に持ってたお皿まで地面に落ちて

食器の割れる音が室内に響く。



私の、希望が打ち砕かれた音みたいに。
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