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濡れて堕ちて……
第3章 火花
結婚してからのこの8年

毎日のように自分に言い聞かせてた。

浩一があれこれ私に頼み事をするのは

無理な要求を投げつけてくるのは

甘えてくれてる証拠、頼りにされてる証拠だと。


けど、本当は

毎日、浩一のご機嫌を伺い

浩一のご機嫌を取って

必死にあれこれ我慢して来た。

この8年、幸せな瞬間もあったけど

溜め息を着く日の方が多かった。

それでも、いつかは私の意見も尊重してくれて

私の気持ちも理解してくれて

本当の夫婦になれる日が来ると思ってた。




けど、そんな日、待つだけ無駄だ。

浩一は自分の要求さえ飲んでくれるなら

私じゃなくてもいいんだ。

きっと誰でもいいのだろう。

私が体を壊した時に向けられたあの冷たい目。

“役立たずの召使い”
そう言わんばかりの目つき。




浩一が求めてるのは…


私じゃない、妻じゃない。


浩一の言うことに従順に従う

意志を持たない、人形、召使いだ。



けれど、この人は、新村さんは…

私が体を壊せば本気で心配してくれる。

少なからず私の事を“1人の人間”“1人の女”として見てくれてる。

涙を流せば本気で困ってくれてる。



凍てつきそうな私の心が溶かされて行くみたいだった。


変だな、今日は私からお礼をするつもりだったのに

また、私が癒されてる。


「陽子さん、大丈夫ですか?」

ティッシュの箱を私に持たせてくれた。


心の底で思ってることを伝えたいのに。

全部伝えたいのに

涙が邪魔をして上手く喋れない。



「陽子さ…」

「ありがとう。私、こんな報われた気持ち、初めて…」



この一言を伝えるので精一杯だった。

浩一とは絶対に味わえなかったこの気持ち。


新村さんだけが持つ、暖かい空気。


「ごめんね、急に。コーヒー飲んだらすぐにお料理作るから」

ティッシュで涙を拭い笑顔を見せた。
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