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濡れて堕ちて……
第1章 孵化
「でも、時間が早く過ぎるから楽ですけどね」

「若いねー、おばちゃんは足腰が痛くて痛くて~」

あはは、と笑っていたが、私の目はすぐに店内に戻された。

レジから見える、すぐそばのパン売り場。

そこにスーツを着た男性がウロウロしている。

「あら~、あの子いつもこの時間だね~」

「そうですね」


パン売り場をウロウロしているスーツ姿の男性。
購入するものはだいたいいつも一緒。


「いらっしゃいませ~」

「…どうも」

ほら、ね。
いつも一緒。

カレーパンとあんパン。
飲み物はトマトジュース。

「317円になります」

そして、いつもお釣りが必要ないように317円きっちり払ってくれる。

「ありがとうございました~」


毎朝来る、真面目そうなお客様だ。



「あの子、毎朝来るけど、他の勤め人と違って随分遅い時間に来るね~。普通会社勤めだったらこの時間には全員掃けちゃうのにね~」

「本当ですね」


そうなのだ、長谷川さんが気づいたとても変わったお客様。

確かに他の勤め人さんとは少し違う匂いがするけど、私はこの男性が妙に面白くて気に入ってたのだ。

カレーパンとあんパン…
辛党なのか甘党なのか。

そんな食べ方したら体に悪そうなのにヘルシーなトマトジュースまで購入してる。

見た目からして20代半ばかな?

スーツも何だか初々しいし。

でも長谷川さんの言う通り、随分遅出だなぁ。

まぁ、いろんな会社があるからなぁ。


「けどあの子、毎朝絶対、陽子ちゃんのレジに並ぶわね~。陽子ちゃんに気があるんじゃな~い?」

「やだ、やめて下さいよ~。一応既婚者ですよ、私」


…けれど、確かにそうだ。

あの人毎朝毎朝、私のいるレジに並んでる。

別に気にはならないし、私に粘着してるようにも見えない。

ストーカータイプにも見えない。

どちらかと言えば、爽やかな顔立ちだし茶髪の無造作っぽい髪、モテそうな雰囲気だ。

多分、私が朝に担当してるレジは出入り口付近にあるから、たまたま私のレジに並んだだけだろう。
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