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揺れる心
第5章 油断
「あら?
目が覚めたかしら?」
おっとりとした優しい声がする。


「ママ…?」
声にならないほどの小さな声を出す。


「本当に真理ちゃんたら、
おっちょこちょいね?
お薬、間違えちゃったって?
眼鏡もかけてなかったんじゃない?
良い加減、コンタクトレンズにしたら良いのに。
パパもびっくりして飛んできたのよ?」
と、そっと手を握る。

「薬嫌いなのに、
珍しく飲むから、間違えたんだろう?
安藤先生にもご心配掛けて…」とパパも手を握る。


「いや、まさか、真理子さんのお父様が加藤先生とは存じ上げなかったので…。
こんな状況でお会いするとは…」と、
大先生がゆったりした口調で言う。

「こちら、孫の安藤海斗です。
私の病院に勤務しとります」


「安藤海斗です。
真理子さんとはお会いして間もないのですが、
結婚を前提にお付き合いさせていただきたいと考えています」


「まあ!
なんてハンサムでお若いこと。
あの…うちの娘、出戻りですのよ?」


「うちの海斗は…。
加藤先生はご存知かな?
旧帝大医学部の松本…。
私の同級生だった外科の…」

「勿論。
素晴らしい先生でした。
一度だけ手術の助手を務めたことがありました」

「海斗は、彼の一人娘の百合子さんと、うちの息子との間に出来た子供なんだよ。
息子には既に家庭があって、
海斗のことは認知はしたけど可哀想にその家には入れず、
ずっと我が家で育ててきた。
そんな訳ありなんだが、
医師としての倫理観も腕前も確かだ。
だから、結婚については是非、
前向きにご検討いただきたいと…」

そう言いながら、大先生は頭を下げているようだった。



「安藤先生、手を上げてください。
結婚は当人同士が決めることで、
親がどうこう言う話ではありません。
海斗くんの専門は…?」

「あの…今は祖父の病院で整形外科をしていますが…。
大学病院で一度だけ、加藤先生の手術に立ち合わせていただいたこと、ありました。
出来れば同じ脳外科に進みたいと思っていました」


「そうでしたか」


「私が耄碌してきたので、
優しい海斗は病院を手伝うと言ってくれましてな。
ただ、これの兄が今は病院に入ってくれたので、
もしも可能ならば脳外科に戻ってやりたい道に進んで欲しいと思ってます。
いや、こんな話をしたのは初めてですが」



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