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爛れる月面
第3章 広がる沙漠
 少し変わったことといえば、徹とのメッセージのやり取りを読み返してみると、以前は我ながら素っ気ないと思えるものが多かったのに、一日に一本は必ず、彼を喜ばせようとする言葉をかけていることだった。電話もしかり。その変化に、徹が不信を抱くことはなかった。離れて暮らすことになった彼女の心境が、自分と同じ方向へと変わっているのだろうと、喜ばしく思っているのかもしれなった。

 あの一週間の出来事は、まだ鮮明に記憶に残っているし、今後一生、忘れることはないだろう。しかし近々、いま自分がいる地平とは隔絶した時間軸の出来事だと、思い込ませることはできそうだった。明日、恋人と会い、三週間ぶりの生身を確かめ、おそらくはまた熱烈な彼が変わらず喜んでくれれば、これからの自分の人生から完全に切り離すことができる。

 それが一番良い結論なんだと、二週間の自己暗示が完成する、最終日だった。

「あ、ごめ……」

 デスクに置いていた携帯が鳴った。マナーモードにするのを忘れていたらしい。

 しかし紗友美がモニタ越しに首を伸ばし、鼻の下を丸めた顔で画面を覗こうとしたから、パッと手のひらで隠し、

「勝手に見ないで」
 音量をオフにして指の隙間から発信元を見た。「えっと、タバコ……」

 急に立ち上がってドアへ足を向けようとする紅美子へ、

「喫煙所に行くのに、タバコを持たないのはおかしいと思いまーす」

 と、カタカタとキーボードを叩きながら紗友美が言った。

「いや、いま、忘れたって思ったとこじゃん」

 慌てて引き返してバッグからシガレットケースを取り出す。

「勤務中にカレシとイチャつくのは、同僚の精神衛生上、良ろしくないと思いまーす」

 紗友美はタン、とエンターキーを鳴らし、紅美子の方を見た。顔はニヤニヤしていた。
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