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爛れる月面
第3章 広がる沙漠

「……つけてきたりしないでね?」
「長谷さんが語尾にニャンニャンつけて電話するなら覗きにいきますけど」
「しないから」
「どうぞ行ってきてください」
廊下へ出ても、まだ電話は呼び出しを続けていた。小走りに階段に向かうと、下階にも人はいないようだから、昇りつつ応答のアイコンを押す。
「鳴らしすぎ。しつこいよ」
「もう電話には出ないんじゃなかったのか?」
二週間ぶりの声は、記憶の中の印象とは異なり、周囲の雑踏に負けないようにしているせいか明るく聞こえた。
「光本さんの目の前で鳴っちゃったの。無視したらおかしいじゃん」
電話に出ない理由はいくらでも紗友美に言えたのに、そして、すぐに切ればいいことなのに、紅美子はどちらもせずに屋上の鉄扉を開いて外へと出た。大きな音を立てて閉まるドアの方を向き、いつ誰が来てもわかるように後ろへと歩きながらシガレットケースを開けようとしたが、片手ではなかなか開けられなかった。
……違う、指が震えていた。
「そうか、彼女には感謝しなきゃな。さっき成田に着いた」
たしかに、アナウンスが遠くから聞こえてきている。
「明日って言ってなかった?」
「予定を繰り上げたんだ。錦糸町まで来れるか? 四時半……いや、四時くらいに」
「は? 思いっきり仕事してるんだけど、今」
「その可愛らしい同僚が一人いるじゃないか。一人が休んでも業務が継続できるから二人も雇うんだ、会社ってやつは」
「何勝手なこと言ってんの? 行くわけないじゃん」
「来なけりゃ、君の会社まで拐いにいく」
笑っているが、実際、一度実行に移している。甦る光景の中の人物が、自己と結びつくのを懸命に頭から打ち払っても、
「無理だし……、そんなの」
どうしても、口調は弱々しくなった。
「長谷さんが語尾にニャンニャンつけて電話するなら覗きにいきますけど」
「しないから」
「どうぞ行ってきてください」
廊下へ出ても、まだ電話は呼び出しを続けていた。小走りに階段に向かうと、下階にも人はいないようだから、昇りつつ応答のアイコンを押す。
「鳴らしすぎ。しつこいよ」
「もう電話には出ないんじゃなかったのか?」
二週間ぶりの声は、記憶の中の印象とは異なり、周囲の雑踏に負けないようにしているせいか明るく聞こえた。
「光本さんの目の前で鳴っちゃったの。無視したらおかしいじゃん」
電話に出ない理由はいくらでも紗友美に言えたのに、そして、すぐに切ればいいことなのに、紅美子はどちらもせずに屋上の鉄扉を開いて外へと出た。大きな音を立てて閉まるドアの方を向き、いつ誰が来てもわかるように後ろへと歩きながらシガレットケースを開けようとしたが、片手ではなかなか開けられなかった。
……違う、指が震えていた。
「そうか、彼女には感謝しなきゃな。さっき成田に着いた」
たしかに、アナウンスが遠くから聞こえてきている。
「明日って言ってなかった?」
「予定を繰り上げたんだ。錦糸町まで来れるか? 四時半……いや、四時くらいに」
「は? 思いっきり仕事してるんだけど、今」
「その可愛らしい同僚が一人いるじゃないか。一人が休んでも業務が継続できるから二人も雇うんだ、会社ってやつは」
「何勝手なこと言ってんの? 行くわけないじゃん」
「来なけりゃ、君の会社まで拐いにいく」
笑っているが、実際、一度実行に移している。甦る光景の中の人物が、自己と結びつくのを懸命に頭から打ち払っても、
「無理だし……、そんなの」
どうしても、口調は弱々しくなった。

