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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない
 紅美子は徹の心音を聞くかのように、横顔を胸肌につけた。汗の滲んだ匂いがする。頬も耳も温かい。

「そんなに『いいよ』ばっかり言ってたら、紅美子、ワガママなオンナになりますよ?」
「……、……、クミちゃんのワガママは、二十年前からだよ」
「そうだった」素に戻って一息笑ってしまった紅美子だったが、「だって昔から、ご主人様が何でも言うこと聞いてくれるからです」
「これからも何でも聞くよ」
「ほんと?」
「うん」

 胸が締まる。絶頂したばかりの体が、熱く潤っている。徹も温かい。幸せが、胸腔に鳴り響いている──

「何でも、『いいよ』って、言ってくれるの?」
「うん」
「何でも、許してくれるの?」
「うん」
「何、でも……?」

 こめかみに刺すような痛みが走ったが刹那、麗しい擽ったさは全て吹き飛んで、背骨の芯を悪寒が一閃した。

「……」

 いま、自分は、何を言おうとしたのだろう。

 徹と睦み合う時、脳の中を二つに分離させることで、差してくる魔をうまく躱せていたのに、ここのところ即座には回避できなくなってきている。それどころか、奈落へと続く崖に向かって、足を取られそうになることが増えてきていた。

 もう年が明けた。
 自分は今年、この人と、結婚をする約束をしている──

「クミちゃん、……泣いてるの?」

 肌に熱い水気を感じたのだろう、徹の声が心細げに変わった。

「……そだね。メイド服着たらご主人様がフルスロットルだから、キュン死しそうで涙腺がおかしくなってるだけ」
「クミちゃん。こっちにきて」
「だめです、ご主人様。今度は紅美子の番です」涙顔を見せないように後ろへと降りて正座をすると、「それから、クミちゃんに戻さないでください」

 不吉に乱れる鼓動が落ち着くまでは、徹に密着するわけにはいかなかった。卑劣な自分を撚じり、千切り、踏みにじりたい気持ちで、
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