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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない
「……『紅美子、しゃぶれ』って、言って」
「クミちゃん、どうしたの……?」
「だからっ……、いまは紅美子って呼ばれたいの。……そんで、徹のコレに、すごく……したいの。お願い」

 上衣以上に湿っているデニムを緩めていると、

「く……、紅美子。しゃぶって」

 震えながら、命ずる声が聞こえてきた。

「うん……、じゃなかった。はい、ご主人様」
 勃ち上がった熱い肉幹に頬ずりしてから、「……これからも、エッチの時だけでいいから、紅美子、って呼んでね」

 そう頼み、口内に噎せ返る熱気に瞼を固く閉じ、苦しさを感じられる深さまで呑み込んだ。最後には彼の畢竟を浴び、醜く歪んだ卑劣な顔面を覆い隠してくれることを想像すると、軽薄なコスチュームに隠されている股奥が引き攣った。


   *   *   *


 井上が日本に帰ってきたのは、成人の日の連休の翌日だった。またしても空港から東京へと向かう途中で電話をかけてきて、神楽坂へ紅美子を呼び出した。しかし今回は紅美子のほうがマンションに着くのが早く、入ってみると中は真っ暗だった。スイッチを押しても電灯が点かない。携帯のライトでブレーカーを探し、落とされていた根元を上げる。おそらくは一カ月ぶりに室内に光が戻り、洗われたもののゴミに出すタイミングを逸して取り残されていた折詰の容器だけが、人間が住んでいる痕跡となっていた。

 エアコンを入れ、脱いだコートをソファの脇に置き、静まり返ったマンションで一人、井上が帰ってきたら何から話すかを考えていた。整理をする時間は充分にあったが、惑乱する時間も山のように残されていた。まとまったと思ったそばからぐらつき、その行き路すら霞んでいく。そして、何周タイムリープしても、井上は現れない。

 座っているのが嫌になった紅美子は、キッチンの冷蔵庫を開けた。持ち主が言っていた通り、ビールしかなく、とりあえず抜かれていたコンセントを入れる。
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