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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ

「あれ? もしもし?」
「いや……、彼女には観せてない」
紅美子が訝しげに眉を寄せると、井上が人差し指を口の前に立てる。
「なに期待外れなことしてくれてるの?」
「勝手に期待されても困る」
「いいのかなぁ、私のゴキゲン損ねちゃっても。もっと困ることになるのに」
「ああ、かまわない」
井上は息をついて、誰に対してかわからない、肩の力を抜いた仕草を入れた。「すまないが佐野さんに伝えといてくれ。これ以上の援助は要らない、と」
「……。どうしちゃったの、あなた。そんなに諦め良かったっけ?」
出たときはやたらと明るかった可奈子の声音は、思い通りになっていない不機嫌さが滲み出ていた。
「いいや、諦めた。上海はもう撤退するしかない。大連もじきにそうなる。焼け石に水だ」
「せっかく逆転ホームラン打たせてあげようとしてるのに。言ったでしょ、佐野さん、インド関係は強いのよ」
「可奈子」
「馴れ馴れしいわね。とっくに別れてるんだから気安く呼ばないで」
「……だからもう、彼には手を出さないでくれ」
「彼? 笹倉くんのこと?」
「ああ。もう充分楽しんだろ」
「なーに? 私が笹倉くんを虜にしたら、あなたにとってもチャンスじゃない」
「余計なことはしなくていい」
井上の声が少し濁ると、
「あらあら、それは失礼なこと言っちゃったかしら。なかなか落とせなくって、ヤキモキしてるくせに。……あれ? まさか、そっちも諦めちゃったわけ?」
「君には関係ないことだ」
アウディは速度を落としていた。運転が荒くなってしまわないように、あえてそうしているように見える。
「……ふん」
やや間を置いた可奈子が、拗ねたように鼻を鳴らした。「あーあ、急につまんなくなっちゃった。もうやめちゃおっと……会社ごとね。テーマも設備も研究員もレベルが低いし、お金はないし。彼も優秀でカワイイ子ではあるけど、あの程度なら世界中、他にいくらでもいるわ。オトコとしての成長はノロすぎて、ほんっとイライラしてたとこだから」
「いや……、彼女には観せてない」
紅美子が訝しげに眉を寄せると、井上が人差し指を口の前に立てる。
「なに期待外れなことしてくれてるの?」
「勝手に期待されても困る」
「いいのかなぁ、私のゴキゲン損ねちゃっても。もっと困ることになるのに」
「ああ、かまわない」
井上は息をついて、誰に対してかわからない、肩の力を抜いた仕草を入れた。「すまないが佐野さんに伝えといてくれ。これ以上の援助は要らない、と」
「……。どうしちゃったの、あなた。そんなに諦め良かったっけ?」
出たときはやたらと明るかった可奈子の声音は、思い通りになっていない不機嫌さが滲み出ていた。
「いいや、諦めた。上海はもう撤退するしかない。大連もじきにそうなる。焼け石に水だ」
「せっかく逆転ホームラン打たせてあげようとしてるのに。言ったでしょ、佐野さん、インド関係は強いのよ」
「可奈子」
「馴れ馴れしいわね。とっくに別れてるんだから気安く呼ばないで」
「……だからもう、彼には手を出さないでくれ」
「彼? 笹倉くんのこと?」
「ああ。もう充分楽しんだろ」
「なーに? 私が笹倉くんを虜にしたら、あなたにとってもチャンスじゃない」
「余計なことはしなくていい」
井上の声が少し濁ると、
「あらあら、それは失礼なこと言っちゃったかしら。なかなか落とせなくって、ヤキモキしてるくせに。……あれ? まさか、そっちも諦めちゃったわけ?」
「君には関係ないことだ」
アウディは速度を落としていた。運転が荒くなってしまわないように、あえてそうしているように見える。
「……ふん」
やや間を置いた可奈子が、拗ねたように鼻を鳴らした。「あーあ、急につまんなくなっちゃった。もうやめちゃおっと……会社ごとね。テーマも設備も研究員もレベルが低いし、お金はないし。彼も優秀でカワイイ子ではあるけど、あの程度なら世界中、他にいくらでもいるわ。オトコとしての成長はノロすぎて、ほんっとイライラしてたとこだから」

