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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ

ふざけた言い草に身を乗り出しそうになったが、すかさず井上が片手を紅美子の前に出し、未遂に終わらせた。
「ぜひそうしてくれ」
「それにしても」
呆れた溜息がスピーカーを鳴らした。「あなたも、よ。……あなたも、つまんない男になっちゃったわね。あんな小娘なんかに、なに真剣になってんの」
「話はそれだけだ。……元亭主を助けようとしてくれてありがとう」
井上は電話を切った。紅美子が話しかけようとすると、車線の増えた東北道へ向けてアクセルを踏まれ、背中をシートに押し付けられて会話を拒絶をされた。
夜の東北道を北へ向けて走る車はまばらで、ほとんどが大型車両だった。紅美子は前を向き直り、もう一方の脚もシートに上げて、膝の間に額を置いて目を閉じた。脛を抱えている左の指の根にある硬い物を、右指のネイルで叩く。いま、井上が何と引き換えに、何を得たのか、何を失って、何をもたらすつもりなのか、電話を聞いてわかっていた。
だが、何故そうなるのかが、わからない。
「……なんで、あんなの観せたの?」
紅美子が俯いたまま問うと、
「君の予想は?」
問い返す声は、可奈子と話していたときは荒さいでいたのが、穏やかなものになっていた。
「んと……、私が徹を見限ったら、あんたのものにできるから」
「模範回答だな」
「でしょ。私のことが欲しいって、何回も言われてたもん」
「だが、間違いだ」
「えー、欲しかったんでしょとか言わせて、恥かかせないで」
「次は?」
引き続き、左の薬指の根を右の人差し指で叩きつつ、
「じゃ、愛人のほうから、もうやめる、って言われてムカついて、ゲロまみれにしてやろうと思った」
「なかなか男の心理を捉えた、いい回答かもしれない」
「おっ、当たり?」
「残念ながら、ブーだ」
「言いかたウザい」
「ぜひそうしてくれ」
「それにしても」
呆れた溜息がスピーカーを鳴らした。「あなたも、よ。……あなたも、つまんない男になっちゃったわね。あんな小娘なんかに、なに真剣になってんの」
「話はそれだけだ。……元亭主を助けようとしてくれてありがとう」
井上は電話を切った。紅美子が話しかけようとすると、車線の増えた東北道へ向けてアクセルを踏まれ、背中をシートに押し付けられて会話を拒絶をされた。
夜の東北道を北へ向けて走る車はまばらで、ほとんどが大型車両だった。紅美子は前を向き直り、もう一方の脚もシートに上げて、膝の間に額を置いて目を閉じた。脛を抱えている左の指の根にある硬い物を、右指のネイルで叩く。いま、井上が何と引き換えに、何を得たのか、何を失って、何をもたらすつもりなのか、電話を聞いてわかっていた。
だが、何故そうなるのかが、わからない。
「……なんで、あんなの観せたの?」
紅美子が俯いたまま問うと、
「君の予想は?」
問い返す声は、可奈子と話していたときは荒さいでいたのが、穏やかなものになっていた。
「んと……、私が徹を見限ったら、あんたのものにできるから」
「模範回答だな」
「でしょ。私のことが欲しいって、何回も言われてたもん」
「だが、間違いだ」
「えー、欲しかったんでしょとか言わせて、恥かかせないで」
「次は?」
引き続き、左の薬指の根を右の人差し指で叩きつつ、
「じゃ、愛人のほうから、もうやめる、って言われてムカついて、ゲロまみれにしてやろうと思った」
「なかなか男の心理を捉えた、いい回答かもしれない」
「おっ、当たり?」
「残念ながら、ブーだ」
「言いかたウザい」

