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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ
 紅美子は頭を膝に触れたまま、運転席へと面を向け、

「私、あんま頭良くないからわかんない。答えは?」
「諦めが早いぞ。ちょっとばかり美人だからって、何でもすぐに教えてもらえると思うな」
 そう言う井上の横顔は穏やかで、「……さすがに飛ばし過ぎか。携帯はバレなかったのに、捕まったら元も子もない」

 アクセルを緩め、酷使されていたエンジンを労っている。

「ねぇ、いいじゃん、教えてよ」

 紅美子は芝居ではなく、甘えを多分に含んだ声でねだった。
 少しの間が置かれ、

「……君と徹くんが、きちんと仲直りをするためだ」

 と、教えられる。

「え、どう考えても逆効果でしょ」
「果たしてそうかな」
「……。仲直りなんて無理だよ、あんなの観せられて」

 可奈子は、いなくなるらしい。
 だからといって、動画に収められていた事実が消えるわけではない。

 今日、井上との関係を終わらせたからといって、すべてを無効にできるわけがないのと、同じように──

 網膜が、運転席側の窓から照らされた。インターチェンジに曲線で並べられた道路灯と、その後ろのネオンが車窓をゆっくりと移動している。

「……最後、ほんとにヤんなくてよかったの? 高速の出口って、ラブホいっぱいあるよね。寄りたきゃ寄っていいよ」
「いや、結構だ」
「きっぱり断んなよ。さっきからいい感じにパンチラしそうになってやってんのに」
「女は中身なんだろ?」
「中身、もう興味なくなった?」
「その中身じゃないんじゃなかったのか?」
「もういい。ここでオナってやる」

 紅美子は太ももの間隔を緩め、巻きスカートの中に左手を入れた。右手はコートの袷から忍び込ませ、タートルネックのふくらみに添える。

 瞼を下ろし、両手を動かす。
 唾液を喉に通し、唇を緩めて嘆息する。
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