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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ
「……自分で、自分を許す、ってさ、なんか、ムシが良すぎないかな?」
「ああムシが良すぎるな」
 咳をひとつして即答した井上が、丈の短いために顔に近い煙に目を細め、「他人から見れば、そうだろう。だが君は、ムシ良くいけしゃあしゃあとしていられるほど、『イイ女』じゃない」

 紅美子はまだ吸っている途中のピースを抜き取り、自分の灰皿へと捨てた。これ以上は、吸わせたくはなかった。

「つまり私は、罰を受けに来てるんだね」
 文句を言われる前に話しかける。バッグからポーチを出し、暗い中ファンデーションケースを開くと、井上がルームライトを点けてくれた。「……あーもー、ブッサイク。きっとこれも罰だ。最近涙腺が馬鹿になってたからなぁ……」

 井上の返事を待たず、化粧を直し始める。

「君だけじゃない。僕も罰を受けてる」
「……そだね。さげまんで、ほんとごめん」
「仕事は僕の実力だ。君のせいじゃない」
「じゃ、あんたの罰って?」
「今、受けてる」インターチェンジへ向け、本線から側道へと外れていきながら、「君が生まれて初めて、徹くんに愛を乞いに行く手伝いをさせられてる。おめかしまでさせてな」

 カーブの遠心力がかかるあいだ、パフを止めた紅美子は、

「私のこと……、本気だった?」しかしすぐに息笑いを漏らし、「……ハッズ。なに訊いてんだろうね、私」
「そうだな、恥ずかしいことを訊くな」
「でも、……ちょっとは他の女と違った?」

 料金ゲートを抜け、下道の経路をカーナビの画面を一瞥して確認した井上は、

「逆に訊くが、女房と別れる様子はない、抱きたい時だけ呼びつける。そんな男を、『この人私のこと本気かも』って思うのか、君は」
「おっしゃるとおりですね」
 それだけではない想い出はたくさんあり、紅美子は再び小さな鏡で涙の痕を繕いながら、その一つが閃いて、「……そだ、温泉の帰り、だったね、あれ」

 と続けた。
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