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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ
「……徹」
「ん?」
「ごめんね」
「クミちゃん……」
「私さ、めちゃくちゃでしょ」
「うん、……慣れてるよ」
「でもね、徹だからなの。……徹じゃなきゃ、嫌なの。だから仲直りして。許して。お願い」
「……ありがとう、クミちゃん」

 振り返らされ、久しぶりに彼の顔を見る。やはり、突き飛ばしたい衝動は訪れなかった。

「……でもさ、クミちゃん。……俺……」

 しかし、真面目な彼が、手を強く握り、何かを告白しようとするので、

「あーっ!!」

 紅美子は突然、大声を上げた。

「えっ、ど、どうしたの?」
「メイド服とオモチャ! 荷造り頼んだら、ママに見つかっちゃう!」
「そっ、それは困るよ!」
「……ま、しょうがないか。荷物取りに戻ったら、また私の気が変わるかもしれないし」
「それも、困る……」
「でしょ。大丈夫、ママなら、きっと笑ってくれるはずだ」
「次会ったとき、顔見れないよ……」

 紅美子は凹む徹に抱きつき、頬を擦り合わせた。

「あれ無いと、徹の前でまたメイドさんになれないじゃん?」
「なってくれるの?」
「なるよ。何でも『いいよ』って言ってくれるご主人様のために、……何もかも許しちゃう、紅美子になります」
「う、うん……」
「……でね、ご主人様。平日、しかもお仕事中、大変申し訳ないのですが……」
「いいよ」

 徹が覆い被さってくる。天井が、円く歪んで垂れ落ちてくる。床もせり上がって、抱き合う自分たちを上下から包み込んでくる。擦り合う体が融け落ちて、中有に彷徨うように意識が揺れる──

「……徹、お願いがあるの」
「どうしたの?」
「今日はつけないで」

 瞼を上げると、視界いっぱいの徹が見つめてきていた。

「言いかた、まちがえた。……今日から、つけないで」
 紅美子は一度息を入れてから、告げた。「徹が欲しい」


   *   *   *


 隣に座る母に背中を向け、

「ねぇママ……、赤くなったりしてない? 変なブツブツとか」
「はあ? いまさら何言ってんのよ、もぉ……」
 母は首を巡らせて見回し、「はいはい、キレイなもんよ。よかったね」

 と、バチンと音がするほど手のひらで叩いた。
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