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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ

「やっ……痕つくじゃんっ、やめてっ!」
「何もついて無いわよ。オキレイな背中ですこと」
紅美子は鼻から強く息を吐き、腰を揺すって座り直した。
頭上は、真上を向くほどに青みが増していく、透き通るような青空とはこのことだった。まもなくここを離れるゆりかもめたちが、春を唄いながら飛んでいく。
「ママ……」
「んー?」
「ほんと、大丈夫かな、私。変じゃない?」
「はぁ……」
溜息をついた母は、
「大丈夫じゃなかったら、もうとっくに言ってるわ。娘の晴れ姿なんだから、親も一生懸命だよ」
「うん、そだね……。ありがと」
まぁっ、と目を丸くして娘を見てくる。
「そんなガラにも無いこと言っちゃダメよ。雨が降ったら大変」
「ちょ、いま娘の晴れ姿って言ってくれたばっかじゃん」
「それは見た目の話。あーもう、黙ってさえいれば、美人で自慢の娘なんだけどねぇ……、性格まで私に似ちゃって、失敗しちゃったなぁ、子育て」
「娘の晴れの日に、失敗作なんてレッテル貼らないで」
周囲を見回す。歩道を行き交う人が、自分たちに必ず目を向けてくる。とんだ見世物だな、と思いながらも、今日だけだからまあいいか、と一息つき、
「ね、ママ……」
紅美子はまた、呼びかけた。
失敗作、などと言ってしまったことが悔やまれていた。
「もぉっ、なんなのこの子はっ。じっと待ってられないの?」
「ありがとう」
もう一度、心を込めて言った。着物の膝の上に揃えてあった母の手の甲を、純白のグローブで軽く握る。
「……ダメよクミ、『産んでくれて』なんてベタなこと言ったら。母娘揃ってボロボロになった顔で出ていきたいの?」
母の笑い声は、最後は潤んで震えていた。紅美子も目尻が震えそうになるのを必死に我慢して頷き、
「……あー、それにしてもタバコ吸いたい」
「ばかっ、どこの世界にタバコふかして待ってる花嫁がいるのっ」
「たしかに」
紅美子は大きく深呼吸をして、「でも緊張してきた」
「……大丈夫よ」
「何もついて無いわよ。オキレイな背中ですこと」
紅美子は鼻から強く息を吐き、腰を揺すって座り直した。
頭上は、真上を向くほどに青みが増していく、透き通るような青空とはこのことだった。まもなくここを離れるゆりかもめたちが、春を唄いながら飛んでいく。
「ママ……」
「んー?」
「ほんと、大丈夫かな、私。変じゃない?」
「はぁ……」
溜息をついた母は、
「大丈夫じゃなかったら、もうとっくに言ってるわ。娘の晴れ姿なんだから、親も一生懸命だよ」
「うん、そだね……。ありがと」
まぁっ、と目を丸くして娘を見てくる。
「そんなガラにも無いこと言っちゃダメよ。雨が降ったら大変」
「ちょ、いま娘の晴れ姿って言ってくれたばっかじゃん」
「それは見た目の話。あーもう、黙ってさえいれば、美人で自慢の娘なんだけどねぇ……、性格まで私に似ちゃって、失敗しちゃったなぁ、子育て」
「娘の晴れの日に、失敗作なんてレッテル貼らないで」
周囲を見回す。歩道を行き交う人が、自分たちに必ず目を向けてくる。とんだ見世物だな、と思いながらも、今日だけだからまあいいか、と一息つき、
「ね、ママ……」
紅美子はまた、呼びかけた。
失敗作、などと言ってしまったことが悔やまれていた。
「もぉっ、なんなのこの子はっ。じっと待ってられないの?」
「ありがとう」
もう一度、心を込めて言った。着物の膝の上に揃えてあった母の手の甲を、純白のグローブで軽く握る。
「……ダメよクミ、『産んでくれて』なんてベタなこと言ったら。母娘揃ってボロボロになった顔で出ていきたいの?」
母の笑い声は、最後は潤んで震えていた。紅美子も目尻が震えそうになるのを必死に我慢して頷き、
「……あー、それにしてもタバコ吸いたい」
「ばかっ、どこの世界にタバコふかして待ってる花嫁がいるのっ」
「たしかに」
紅美子は大きく深呼吸をして、「でも緊張してきた」
「……大丈夫よ」

