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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ

そこへ、携帯の呼び出し音が聞こえた。もしもし、はい、わかりました──車夫の青年は二人の座る人力車の支木をゆっくりと持ち上げ、
「時間だそうです。……じゃ、行きますよ。動きまーす……」
と、慎重に進み始めた。
初めて乗った人力車は、車夫が気を遣っていつもより遅めに引いていくれるおかげか、乗り心地がよかった。公園の遊歩道に入っていく際、道を譲って立ち止まってくれた老夫婦が、「おめでとうございます」と丁寧に頭を下げてくれる。母親も頭を下げ返し、紅美子は会釈で手を振った。二人に見送られ、川べりに向かう坂道を登っていく。
「……なかなかの男だね」
隆々とした車夫の背中の筋肉を眺め、母が呟いた。たしかに爽やかな青年で、最近は車夫たちを目当てに女性客が集まるというのも、頷ける話だった。
「お兄さんは、いつからこの仕事してるの?」
「ママ、こんな日に逆ナンすんのやめて」
車夫は少し振り返り、
「いえ、僕はバイトなんです。普段は大学生やってます」
「あら、学生さんなの?」
「はい。僕、水球部なんです。なのでトレーニングにもなるんで、この仕事やらせてもらってます」
「へぇ、どおりでいい体してるわねぇ……。なんといっても男前だし」
「いいえ、そんなことないです。……でも」
少し勾配が強くなったので、下半身を踏み込むように力強く引き、「花嫁さんを引かせてもらえるのに選ばれて光栄です。普段は公園の中って人力車では入れないので、なんか新鮮ですし」
謙遜する様子が可愛いすぎる。まちがいなく光本さんチョイスだな、こんな感じの子、ど真ん中でしょ──納得する紅美子を乗せ、陸上トラックのそばを軽快に抜けていく。
桜橋が、見えてきた。
「……何、あれ」
「時間だそうです。……じゃ、行きますよ。動きまーす……」
と、慎重に進み始めた。
初めて乗った人力車は、車夫が気を遣っていつもより遅めに引いていくれるおかげか、乗り心地がよかった。公園の遊歩道に入っていく際、道を譲って立ち止まってくれた老夫婦が、「おめでとうございます」と丁寧に頭を下げてくれる。母親も頭を下げ返し、紅美子は会釈で手を振った。二人に見送られ、川べりに向かう坂道を登っていく。
「……なかなかの男だね」
隆々とした車夫の背中の筋肉を眺め、母が呟いた。たしかに爽やかな青年で、最近は車夫たちを目当てに女性客が集まるというのも、頷ける話だった。
「お兄さんは、いつからこの仕事してるの?」
「ママ、こんな日に逆ナンすんのやめて」
車夫は少し振り返り、
「いえ、僕はバイトなんです。普段は大学生やってます」
「あら、学生さんなの?」
「はい。僕、水球部なんです。なのでトレーニングにもなるんで、この仕事やらせてもらってます」
「へぇ、どおりでいい体してるわねぇ……。なんといっても男前だし」
「いいえ、そんなことないです。……でも」
少し勾配が強くなったので、下半身を踏み込むように力強く引き、「花嫁さんを引かせてもらえるのに選ばれて光栄です。普段は公園の中って人力車では入れないので、なんか新鮮ですし」
謙遜する様子が可愛いすぎる。まちがいなく光本さんチョイスだな、こんな感じの子、ど真ん中でしょ──納得する紅美子を乗せ、陸上トラックのそばを軽快に抜けていく。
桜橋が、見えてきた。
「……何、あれ」

