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爛れる月面
第1章 違う空を見ている
「怖いこと言わないでよ。そんな、殺したりなんかしないし。……ただ、私のほうが死んじゃうかもな、悔しくて」
「絶対にしないってば」
「他のオンナに負けたってなったら、キイィッってなるよ、たぶん」
 発狂している自分の様子を想像できてしまって、笑いながら腕の中で半回転し、間近で徹を見つめた。「……これって束縛かな? 浮気はあったりまえだけど、きっと他にも色々制限しそう。私を奥さんにしたら、一生こんなだよ? いいの?」
「本望だよ」
「徹ってドMだ。知ってたけど」
「マゾヒストかどうかはわからないけど、クミちゃんのものでいられるなら、何でもいい」
「そういうのを、ドMっていうんだよ」

 そして紅美子は、誰に聞かれたくないわけではなかったが、徹の頭を抱き、耳元へ口を寄せた。あまり、表情を見られたくなかった。

「でもね……なんか、やっと実感してきた。明日から徹いないんだね。今までは家出て一分のところにいたのに」
「だから、ずっと言ってたのに、俺……」
「だねー。万が一、さびしー、ってなったらどうしよう。……万が一だよ?」
「すぐに会いに行くよ」
「ホントだな? 地べた這ってでも来いよ?」
「もちろん、何が何でも行く」
「もう、ドMじゃなくて病気だ」
 首を揺すって催促すると、徹の手が髪を梳く。「そして、今の私ら、すっごいバカップルだ」
「馬鹿じゃないよ。真面目に話してるんだから」
「本人たちが大真面目なところが、バカップルなんだよ。……ねー、徹。力が弱い。愛しの彼女が不満がってる」
「ん」

 鼓動が早まっていることを教えることになっても、息が熱くなっていることを教えることになっても、紅美子は明日からはいない恋人に密着して、

「いま、キスしようとしてる?」
「できれば、したい」
「だめ」
「ここだと、恥ずかしい?」
「ハズくない。でも、どこでもいいから二人っきりになりたい。キスだけでは嫌んなった」
「……うん」
「徹が明日出発でよかった」


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