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爛れる月面
第1章 違う空を見ている
 夜中に目が覚めた。周囲を見回し、初めて訪れた栃木の部屋だということを思い出した。すぐ隣で、タオルケットから肩を出した恋人が寝返りを打つ。自分も裸だった。胸元に垂れる髪を両手で交互に擦りながら、ふとベッドの脇に目を落とすと、スーパーのビニール袋が丸まったティッシュと結んだコンドームでいっぱいになっていた。三週間ぶりに会った徹は、なかなか離れようとしなかったし、精気はいつまでも収まらなかった。ここまでの熱情は、初めて体を繋げた日から十年近く経っても、ちょっと記憶にない。

 案外、遠距離を始めたことは、二人にとって悪いことではないのかもしれない──

 徹を起こさないように狭いベッドを出る。部屋の隅にある洗濯カゴから、ネルシャツを取り出して素肌の上に羽織った。彼の匂いがする。そしてこれには、自分が見ている前でさせた自慰で飛び散ったしぶきも、染みて乾いているはずだった。

(持って帰ろうかな、これ)

 だとしたら自分もなかなかの変態だな、と苦笑しつつ、テーブルに置いていたタバコを一本咥えると、灰皿を片手に窓際へと向かった。部屋には交わった名残が籠っており、少しもったいない気もしたが、窓を全開にすると旗引いていた煙が宙へと消えていった。窓枠の外側は東京では見ることはできない満天の星空で大半を占められ、あとは天地の境界線としての役目だけを果たす山の輪郭と、そこへ向かってひたすら続く田畑、人間が居る証は、薄闇の遠くに溶け込んだ民家の灯りでしか確認できなかった。夜風を顔に感じつつタバコを吸う。下腹部には、何度も受け入れた徹の感触が、いまだ甘く痺れている。

「……クミちゃん」

 背後から声がして振り向くと、目を覚ました徹が身を起こして紅美子を見ていた。

「ごめん、起きちゃった?」
「何してるの?」
「外見てタバコ吸ってるだけ」

 足をフローリングに下ろし、ベッドに座った徹は、

「そんな窓開けてたら、見られちゃうよ」
「誰かに見られたら悶絶しちゃう?」
「うん」
「大丈夫、だーれもいない。すっごいね、ここ」
「街灯もないからね。でも夜はすごい静かだよ」
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