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爛れる月面
第1章 違う空を見ている
「シャワーを浴びたいなら普通に浴びろ。もっとも、まだ僕と一緒にいたければ、の話だけど」

 淡々と言う標的に、殺意は急速に窄み、言葉の通り、いっときたりともここに居たくはない思いが心を侵食した。紅美子はよろめきながら起き上がり、眠っている間にはぎ取られたのだろう衣服を拾い上げながら身につけた。

 惨めな一部始終を眺めている男と一度も目を合わせることなく、部屋から駆け出した。


   *   *   *


「お姉さん、大丈夫? あぶないよ」

 呼びかける運転手の言葉を遠くに聞きながら、紅美子は公園に入っていった。タクシーを停めさせて降りたのは、自宅のずいぶんと手前だった。

 節電で間引かれた街灯では辺りを照らしきれず、公園内は暗かった。垂れこむ薄闇が少し開け、桜橋が渡り口を広く左右に開いて紅美子を迎える。夜なのに、ぼんやりと空が光っている。栃木で見た吸い込まれるような星空とは異なり、くすんで赤みがかり、ねっとりとした背景を、じりじりと鈍雲が流れている。広がる混沌の一か所で、月は茫洋と照っていた。

 バッグの中が震えた。のろのろと開き口を開け、携帯を取り出した。

『クミちゃん。まだ帰ってないの? 心配してる』

 何通ものメッセージと着信履歴。ずっと眠らずに、心配をしてくれていた。

 押してはいけない──

 だが紅美子の指は誘惑に打ち克てず、アイコンを押していた。呼び出し画面はすぐに、通話の秒表示に切り替わった。

「……もしもしっ、クミちゃん?」

 ……まだ起きてたんだ。明日も研究、やらなきゃいけないんじゃないの?

 もしもし、もしもし、と何度も聞こえてくる。重たく感じられる携帯をやっとのことで耳元まで持ち上げた紅美子は、

「……もしもし……」

 と声を聞かせた。

「もしもし、クミちゃん?」
「うん……」

 電話の向こうで、大きく息が吐き出される。

「心配したよ。連絡とれなくて。まだ家に帰ってないの?」
 隅田川を並走する高速道路を駆ける車の音が聞こえたのだろう。「いまどこ?」
「帰ってるところ。家の近く」
「危ないよ」
「……だいじょうぶ」

 大丈夫?
 自分で言った言葉が、更に自分を苦しめた。

「どうしたの、凄く元気ない。大丈夫?」
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