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爛れる月面
第2章 湿りの海
 しかし井上は、さっきまで口を塞いでいた片手を紅美子の腰へと添えてきた。ウエストの絞られたベストから、タイトスカートの丸みまで撫で下ろしてくる。紅美子は唇を結んだまま、高すぎて音にならない悲鳴を上げて身を捩ったが、強く押し付けられていては、手のひらから逃れることができない。

「……くっ、やめろ……」
「大声出さないのか?」

 サッと背が凍ごった。スカートの裾が掴まれている。何昔か前のデザインをした制服には余幅があり、容易に太ももの上部までたくしあげられていく。手を無遠慮に突っ込まれ、ストッキングに包まれた脚の内側が撫でられると、踏ん張ることのできないサンダルが小刻みに震えた。

「そんな大事な物なら、ちゃんと盗まれないように注意しとけよ」
「くっ……、やめろ、変態っ……」
「確かに、会社の女子トイレでこんなことするのは、変態だな。誰かに知られたら、君だってそう思われる」
「一緒にすんなっ……、離せよっ」

 もしかしたら、昨晩犯されたときに、何かの拍子で指輪が左手から外れ、どこかに転がってしまっている可能性もあった。ホテルに電話をして問い合わせたかったが、高級ホテルのフロントは、外部の者に滞在者の情報を教えてはくれないだろう。姦辱を受けた部屋番号も、当然のことながら、確認をする余裕もなく逃げ出してきたから憶えていなかった。

「よく考えろ。この状況を誰かが見たら、僕だけが変態で、君は変態でないって思ってもらえるか? ……もう、大声を出すタイミングも逃したしな」

 しかしこうして再び井上に体を摩さぐられて、大事な指輪は、井上が持っていると確信した。

 体を無理矢理触られているのだから、大声を出すのにタイミングも何もあったものではない。だが、大ごとになった暁には、指輪のことなんて、二の次にされてしまうだろう。
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