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第2章 湿りの海

「私も、好きだよ」
　息を吞むのが聞こえる。「……さすがに職場じゃハッズい。ちょっと早いけど、おやすみ」

　徹の返事を聞かず、電話を切った。

「……どう？　つまんなかったでしょ？」

　携帯をテーブルへと投げ置き、窓の外へと目を遣る。

「来たいって言ってるんなら、会ってやりゃいいのに」
「言ったじゃん、生理だって」
「口と手でしてやればいい。おそらく君はヘタクソだかな」
「徹はそんなこと求めてないし、私もうまくなりたいなんて思ってない。ただでさえ腹痛いのに、なんでそんなことしなきゃいけないの」
「別に、生理だからする、ってもんじゃないだろ。予定通り来るとは限らないしな」
「来るし。……あ、でももし来なかったら、あんたが焦ることになるんだ？　それもいいかもね」
「そうだな。そうなったら僕は大変だ」

　言葉の意味とは一致しない、笑い声が放たれる。

「へぇ、どうしてくれるっての？」

　何度見ようが変わり映えのしない東京駅は苛立ちを紛らわせてはくれず、現実化したらこの上もなく恐ろしいはずの仮定を、まだ紅美子に引っ張らせた。

「そりゃ責任くらいとるさ」
「責任？　自分の歳考えて物言って」
「違う、そういう意味じゃない」また笑い声が聞こえ、「君のしたいようにさせてやる、ってことさ」
「……あっそ」
　紅美子は携帯とライターを取って立ち上がった。「じゃ、もしデキてたらさ、私の腹、思いっきり蹴っとばしてね」

　もう一本吸おう、と、バッグのほうへと歩んでいく。

「おいおい、とんでもないことを言うな君は。子供を持つ身からすると聞いてられない」
「あんた子供いんの!?」

　さすがに、予想外の答えに率直に驚いて振り返ると、まだ掛けている井上は両腕を広げ、