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爛れる月面
第2章 湿りの海
「言っただろ? 結婚してるって」
「三回ね。……あんたみたいのが父親じゃ、子供がかわいそう」
「かもしれないな。三回結婚してるとは言ったが、三回離婚してるとは言ってない。最初の妻との子供たちは、今の妻と仲良く暮らしてくれてる。ありがたいことだ」
「じゃ、明日あたり早田から聞き出して、家に行ってあげる」
 紅美子はバッグからもう一本取り出して火をつけ、肺には入れず濃煙を吐き出すと、「……わたし、おたくのダンナにレイプされたんですけどー、って。さすがに奥さん相手なら、いいわけも厳しいでしょ?」
「いいね、君はそういうの、似合いそうだ」
「馬鹿にしてんの?」
「けれど大変だぞ。そんなこと言うだけのために、ドバイまで行くのか?」
「……」

 紅美子はタバコへ歯を立てて手を離し、バッグの中のヘアゴムを探した。

「だから、日本でむちゃくちゃやってんだね。いい迷惑だ」

 シャワーを浴びたいのに、ゴムが見つからない。フィルターが凹むほど、前歯が食い込んでいる。俯いているから顔に立ち昇る煙で目が痛く、余計に探しづらい。

「言っとくけど、生理だから、あんたともしないからね」
「なんだ、休みの日も来てくれる気でいたのか。だいぶん積極的になってきたな」
「あーもうっ!」
 ゴムは、もう、見つからない──「ほんっと、あんたと喋ってるとイラつく。帰るね」

 部屋のカーペットの上には、はぎ取られた衣服がほうぼうに散らばっていた。やんならもっと丁寧にやれよ、と独りごち、カーペットに無造作に落ちていたショーツを拾い上げる。

「……明日の夕方の便で、ドバイに帰る」

 指で開いて拡げた輪へ片足をあげようとしたところで、そう聞こえてきた。
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