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夢魔の半生
第9章 アマデウス
 鬱陶しい梅雨が明けるのを待って引っ越しをした。
 何しろ男の独り暮らしだ。大きな荷物といえば冷蔵庫、洗濯機、ベッド、テレビくらいだ。引っ越し屋の一番小さなトラック一台で事がすんだ。
 今度の棲みかはベランダから海が見えるマンションの高層階だ。
 ここを選んだ大きな理由は防音性だ。近くに有名音大が在り入居者の8割が音大生だ。建築計画の時点でこれを見越して深夜にヘビメタを演奏しても音漏れなしを目指して設計され有言実行なしとげられた建物だ。仮に隣で殺人事件が起きても誰にも気付かれないだろう。
 そして眼下に広がる海、というより海水浴場の砂浜。あと数週間もすれば水着の女の子をただで見放題になる。無論夜中に砂浜で騒ぐ馬鹿も多く居るだろうが騒音は完全防音の室内には届かないので関係ない。
 荷解きも終わったので近所の散策に出る。
 夏を目前にかなり暑かったので薄い水色の半袖開襟シャツに生地の薄いクリーム色のスラックス。黒のスニーカーに白のキャップという出で立ちだ。
 海を背にして街中に向かって歩き出す。
 この街の売りは何と言っても音大だろう。日本でも有数の名門校で学校の周りには楽器店が建ち並んでいる。オーケストラや吹奏楽団でよく見る楽器を扱う店があれば和楽器専門店、名前も知らない地域の民俗楽器を扱っている店に、エレキ楽器が並んでる店。音楽に興味がなくても見てるだけで楽しくなる。もっとも値札の0の多さには閉口する。俺が気楽に買えるのはカスタネットくらいか?
 楽器店街を抜けると長大な赤レンガの塀が現れる。街の中心「私立天野手(アマノデ)音楽大学」通称アマデウスだ。
 校門を潜ると構内の至る所から楽器の音が聞こえてくる。広大なキャンパスには緑があふれ若者がキラキラした顔で楽器や楽譜を手に歩いている。
 勿論俺に音楽の素養など皆無、興味も更々ない。気になるのは女の質と量だ。
 ざっと見渡しただけだが眉目秀麗なお嬢様が多い。さっきも言ったがけして安くない楽器を普段持ちし私立の高い学費が払えるのだ。そこそこの財力もあるのだろう。そこの角から金髪縦ロールの何とか婦人みたいなアダ名の学生が出てきても驚かないぞ。
 いかにも青春を謳歌してます、といった若者を見ていると汚したい、貶めたい、堕落させたいと思うのは俺の悪い癖だ。世間一般的な青春時代を知らないコンプレックスが疼く。
 
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