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Start Over Again
第1章 引っ越し
「お願い? 何です?」
首をかしげた私を見て、由美子さんは一度、咲子へ視線を向けてため息を吐いた。
「お願いしたいのは、さきちゃんのことなの。この子、かろうじて働いてはいるけど…私生活は正直あれでしょ? 家事も全くしないし、ちょっと放っておくとちゃんと生きてるのか心配になるの……」
ああ、そういうことか。とちらりと視線を咲子へ向けると、スマホに夢中で話は聞いていないようだ。
いや、聞いていない。というよりは聞いていないフリっぽいけれど。
「私が毎日気にかけてあげられればいいんだけど、私は私で忙しくて現実的に無理な話でね。食事はコンシェルジュなり出前なり何とかなるだろうから、けいちゃんにはさきちゃんの生存確認をお願いしたくて…」
由美子さんが少し目をうるませて見つめてくる。
「毎日じゃなくていいの。2~3日に一度でいいから、さきちゃんが生きてるか確認してくれない? こんなこと頼めるの、けいちゃんしかいないの! お願いっ!」
私しかいない、と言われるのはまんざらでもない。
「……わかりました。咲子のことは任せてください。でも本当に家賃は……うぶっ」
家賃の話をしようとすると、由美子さんの手で口を封じられた。
もう片方の手は人差し指だけ立てて自身の唇にあて、シィー! と突然コソコソ声。
「家賃って言うけどね、けいちゃん。ここの家賃いくらだと思う? 月30万よ。仮に払ってもらうとしても半分? 3分の1? 減額したとしてもなかなかの値段よ」
そっ……んなに?!
30万という数字に驚いて目を見開く。
「もし、これが咲子のただの友人なら普通に払ってもらうわ。いや…そもそも住ませもしないかもしれない。けいちゃんだから住んでほしいと思ったし、住んでくれるならお金なんていらないの。…わかってくれる?」
コクコクと首を縦に振ると、由美子さんは嬉しそうに微笑んで私の口から手を離す。
「私も定期的にここに来るし、時間が合えばお茶できるじゃない? もう一人の娘とお茶したいって、わがままかしら?」
「いいえ。私もお茶したいです」
そう言って微笑むと
「んもうっ! 可愛いんだからっ!」
と再び抱きしめられた。
でも今回は数秒だけで解放され、おや? と思っていると、由美子さんが私の目の前に新たな書類を差し出した。