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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
「口を慎んでいただきたい」

凛とした強い声がホールに響いた。
辺りは水を打ったようにしんと静まり返った。

北白川貴顕が狭霧の前に立ち、醇子と対峙した。
それは宛ら、呪詛の言葉を浴びせかける醇子から狭霧を守るかのような仕草だった。

「山科子爵夫人。
私の大切な従者をこれ以上侮辱なさるおつもりなら、法的手段を取らせていただきます」

「き、北白川伯爵。お待ちください。
妻は和彦亡きあと、精神的に酷く混乱しているのです。
どうか、それだけは…」
山科子爵が蒼白になりながら、北白川伯爵に弁解をする。

「山科子爵。
奥様のお哀しみは如何許りか、お察し申し上げます。
…けれど、貴方がたと同じくらいに、狭霧も哀しみ、苦しんでいるのですよ。
それがお分かりにはなりませんか?」
「…北白川伯爵…」

狭霧が伯爵の腕をそっと掴んだ。
「…旦那様。もう良いのです」
そうして、自ら醇子の前に歩み出た。
「…山科子爵夫人。
仰る通りです。
和彦は私に出会わなければ、異国で命を落とすことはなかったでしょう。
それは、紛れもない事実です。
私に関わったばかりに…和彦の運命は変わってしまった…。
…心からお詫び申し上げます」

静かに深々と頭を下げた。
それは、眼を奪われるように美しい所作であった。

…けれど…。

静かに醇子を見つめる。
狭霧の潤んだ美しい瞳が、きらりと輝いた。

「…私は和彦を愛していました。
和彦も私を愛してくれました。
…それだけは、偽りのない真実なのです」

山科醇子は、はっと息を呑み…やがて、小さな声で独り言のように呟いた。
「…和彦さんの手紙は…貴方のことばかりでしたわ…。
…狭霧を愛しています…許してください…て…。
…それを読んで私は…腹立たしかった…。
どうして…貴方を…どうして、どうして…て…。
…私は…やはり納得できないのよ…。
…和彦さんは…私の宝物だったのに…。
…どうして…どうして死んでしまったの…」

…醇子は弱々しく泣き崩れた。
そうして、山科子爵に抱えられるようにその場を後にしたのだった。

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