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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
狭霧の口唇が、熟した果実のように腫れ上がるほどの口づけを、男に与えられた。
…やがて伯爵は軽々と狭霧を抱き上げ、隣室の寝室へと歩いて行った。

「…ちょ…ちょっと…!
歩けるってば!」
「…跳ねっ返りの姫君は、腕に抱いて運びたいのだ。
私から逃げ出すといけないからな」

愉しげに笑う伯爵の胸を、むっとしながら叩く。
「誰が姫君だよ、おい!」

…深い海の色の寝具が敷き詰められたダブルベット。
一部の隙もなく整えられた上質なシーツの海に、二人で飛び込む。

「…あっ…んん…っ…!」
性急にのし掛かられ、再び濃厚な口づけを繰り返される。
巧みに口唇を奪いながら、伯爵は狭霧のジャケットを器用に脱がせ、シャツの釦に手を掛けた。

…伯爵の手が、胸のロケットに触れる。

狭霧ははっと息を呑み、男の手を抑える。
「待って…」
「…どうした?」
怪訝そうな表情をする伯爵に、狭霧は神妙な口調で告げる。
「…これ、外すから…ちょっと待って…」
起き上がり、首から銀鎖を外す。

「…それは?」
じっと見守る伯爵に、そっと淋しげな微笑を送る。

「…和彦の遺灰が入ってる…。
勝手に盗んできたんだけどね…。
…まさか、着けたまま、あんたとセックスするわけにはいかないから…」

丁寧に、サイドボードの上にロケットを置く。
…ごめんね、和彦…。
心の中で、そっと詫びる。

背後から、伯爵が優しく…そして強く抱き竦める。
「…妬けるな…なんだか…」
「なんで?」
不思議そうに見上げる狭霧を、伯爵は尚も抱きしめる。
…白くほっそりとしたうなじに貌を埋められ、熱い吐息が掛かる。

「…分からない…」
…分からないが…
男は再び、熱情の眼差しを濃くして、狭霧に口づける。

「…早く君を、私のものにしたい…」

…その言葉もまた、二人の口内で甘く溶けていくのだ…。



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