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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
「お父様!」
月城の腕から降り、梨央は伯爵の元に駆け出す。
伯爵は逞しくもしなやかな腕で、軽々と梨央を抱き上げる。
「おはよう。梨央。
こんなに早く梨央に会えた…!
お父様は幸せだよ。
さあて、今日は梨央と何をしようかな…。
…ああ、でもまだ早いね。
もう一眠りしたらいかがかな?
私の可愛いお姫様」
甘やかな声は、まるで恋人に語るような口振りだ。
妬きはしないが、狭霧は感心する。
…というか、切り替えが速くないか?

「梨央、お父様のお部屋で一緒に寝たいわ。
お父様と一緒に寝るの、久しぶりだもの」
無邪気な梨央の声にぎくりとする狭霧に、伯爵はさりげなく目配せをする。
「…残念ながら、お父様のお部屋は本と書類で足の踏み場もないのだよ。
橘に見つかったら、お父様はうんと叱られてしまうよ。
…ああ、そうだ…!
梨央のお部屋で一緒に寝よう。
…ルイス・キャロルのお話の続きを読んであげようね」
「すてきすてき!
お父様はご本を読むのがとってもお上手なのよ、狭霧」
すっかり機嫌を直した梨央は白い頬を紅潮させ、狭霧を振り返った。
…やはり、天使のように愛らしい。
旦那様が溺愛されるのも無理はない。
「…さすが…旦那様です」

伯爵は梨央を抱き上げたまま、月城にすらすらと命じる。
「…朝食は梨央の部屋に運んでくれ。
たまには良いだろう。
ナニーには私から説明しておくよ」

月城が恭しく一礼する。
「畏まりました。旦那様」

「…狭霧」
伯爵がゆるりと振り返った。
その眼差しには、微かな色香が滲んでいた。
図らずも、どきどきする。
…やっぱり、切り替え早いし。

「すまないが部屋の片付けを頼む。
…シーツにワインを溢してしまったのでね。
ベッドメイクをメイドに頼んでくれ」

「畏まりました。旦那様」
…いやいや、俺がやるし。
俺の靴下も探さなきゃならないし。
心の中で呟きながら、狭霧は梨央の部屋へと向かう伯爵と月城を安堵感のまま見送ったのだった。






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