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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
それから狭霧は大急ぎで、伯爵のベッドのシーツやリネン類を剥がし、ワゴンを片付け、部屋の体裁を整えた。
窓を開け、空気を入れ替える。
早朝の春の風がひんやりふわりと狭霧の頬を撫でる。
けれど、ゆっくりしている暇はない。
…橘が来るまでに一通り綺麗にしておかなくては…。

階下に駆け降り、ランドリールームに入ると、シーツや枕カバー、タオルケットなどを洗い場に突っ込んだ。 
ポンプで水を汲み上げ、勢いよく水を満たす。
一先ず、情事の痕跡を消さなければ…。
シャツを腕まくりしていると…

「…あの…。
…狭霧さん…何を…されて…」 
背後から聞こえるおずおずとした声に、反射的に振り返る。

薄い水色の縞のメイド服を着て、地味な纏め髪にしたまだ若い下働きのメイドがもじもじと立っていた。

狭霧はにっこりと笑いかける。
「おはよう。花ちゃん」
名前を呼ばれて、花はそばかすの浮いた素朴な顔を真っ赤に染めた。
…まさか、旦那様付きの従者の狭霧が下働きの自分の名前を覚えてくれているとは思わなかったのだろう。

「…お、おはよう…ございます…」
「朝早いね、花ちゃん。いつもご苦労様」
「…い、いいえ…。
あたし…早朝のお洗濯担当ですから…」
「そうか。まだ水が冷たくて大変だよね」

美貌の従者に親しげに話しかけられたのが嬉しいのか、花はやや興奮気味に満面の笑顔で答える。
「いいえ。あたし、お洗濯大好きだから平気です。
…狭霧さん、何を洗ってるんですか?
あら?それ、なんですか?」
花が無邪気に洗い場の中を覗き込む。





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