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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
「失礼いたします。
…旦那様。お着替えをお持ちいたしました」

伯爵の居間に入ると、彼はガウン姿のまま窓辺の長椅子でゆったり長い脚を組み、タイムズ紙を読んでいた。
まるで優雅な一枚の絵画のような光景だ。
…ハバナ産の葉巻の薫りがふわりと漂う。

今日はのんびり、梨央と過ごす予定だと聞いていたので、着替えもカジュアルなシャツと春物のVネックのセーター、スラックスだ。
カジュアルとはいえ、巴里のメゾンで仕立てたものだから、そのまま帝国ホテルにランチに行ける様な上質で洒落たものだ。

「ありがとう」
伯爵は狭霧を見上げ、にっこりと微笑んだ。
しなやかに男が立ち上がり、眼が合う。
…甘く濃密に乱れた愛の一夜が生々しく浮かんだ。

慌てて眼を逸らし、淡々と伯爵の着替えを手伝う。
「…梨央様は?」
「ピアノの教師が来てレッスン中だ。
あとでソナチネを聴きに行く約束をしている。
狭霧も一緒に聴いてやってくれ。
梨央が喜ぶ」
「畏まりました」
ネクタイを手渡すと、その指先が触れ合う。
…その温もりに、狭霧はびくりと手を引き、さりげなく背を向ける。
「…珈琲をお持ちいたします。
まだ召し上がっていないでしょう…」

…背後から肩を引き寄せられ、男の美しいバリトンが耳朶に絡みつく。

「…待ちなさい。
君に渡すものがある」

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