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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
「えっ!い、いや…あの…その…」
…なぜもうバレてるんだよ!
証拠は徹底的に隠滅したのに…!
狭霧は驚きの余り、二の句が告げなかった。
 
橘はその硬質な威厳に満ちた貌に、無機質な色を浮かべたまま、続けた。
「…今朝ほど旦那様から伺いました。
狭霧さんは旦那様にとって特別な方になられたと…。
だからこれから色々あるだろうが、大目に見てやって欲しい…と」
「…はあ…」
…大目に…ねえ…。

「私はご主様と使用人の恋愛はご法度を信条としております。
今までも、旦那様に邪まな想いを抱くメイドたちや下僕たちは全て免職にしてまいりました。
その信条を変えるつもりはありません」

「…え…じ、じゃあ…」
俺は…クビかよ!

橘は静かに首を振る。
「…けれど、旦那様のご命令は絶対です。
私が逆らう訳にはまいりません。
ですから、貴方のことは特別に眼を瞑ることにいたします」
「…あ、ありがとうございます…」
礼を言うのもおかしな話だが、この際仕方ない。
とりあえず、クビにならなくて良かった…。
少し、ほっとする。

橘は、狭霧をじっと見つめたままだ。
「…あの…橘さん…」
…何か言いたいことがあるのだろうか…。
やはり嫌味の一つでも言われるのかな…と覚悟を決めた時、橘は穏やかと言っても良いような口調で、告げた。

「…眼は瞑りますが、果たしてそれが狭霧さんの為になるのかどうか…」
「…え?」
驚く狭霧に、橘は微かに憐憫の感情を含んだため息を吐きながら、呟くようにこう言った。

「…主人と使用人の恋は、決して幸せにはなれないからですよ…」


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