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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
「旦那様…!
いつお帰りに?」

グレーと燕脂のチェックの洒落たジャケットにクリーム色の春物のセーター姿の北白川伯爵が佇んでいた。
「梨央が車で寝てしまったのでね。
起こさぬように月城に子ども部屋まで運んでもらったのだ」

「…ああ、それで…」
東翼にある子ども部屋の側に、車を付けたのだろう。
東翼の小玄関に梨央を宝物のように抱きながら、そっと歩く月城の姿が遠くに見えた。

…あんなに幸せそうな貌、梨央様といる時限定だな…。
月城が、ふっと愛おしくなる。

狭霧は改めて伯爵に恭しく挨拶を述べる。
「お帰りなさいませ。旦那様」
…そして…
「…旦那様。
わざわざ実家に出向いて千雪を呼び寄せてくださったのですね。
ありがとうございます」
心からの感謝を伝える。
「梨央様のお着物もご注文してくださったとか…」

伯爵は柔かに笑う。
「千雪くんは綺麗な青年だな。
さすがは君の血筋だ。
それに…泉屋はとても品の良い呉服屋だね。
…私が海外暮らしが長いために、梨央の和服のことまで頭が回らなかった。
我が家は万事西洋式だしね。
梨央は初めて美しい反物を目にして、たいそう喜んでいたよ。
もっと早くに着物に親しませておくべきだったな…と後悔した。
…男のひとり親は、駄目だな…」
伯爵の端正な横貌に珍しく微かに気弱な色が浮かんだ。

「そんなこと、ありません」
狭霧はきっぱり答えた。
「旦那様は、梨央様に深い愛情を注いでおられます。
梨央様は、旦那様の愛を一身に受けていらっしゃる。
…本当にお幸せでいらっしゃいます」
「…狭霧…」

狭霧はふっと薄く笑い、仄かに艶めいた眼差しで伯爵を見上げた。
「…羨ましいです…梨央様が…」

眩しいものを見るように、男が眼を細めた。

「…狭霧…」




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