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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第6章 従者と執事見習い 〜執事見習いの恋〜
泣き止むまでの長い時間、礼也はずっと暁を抱きしめてくれていた。
そうして、綺麗なチーフで涙を拭かせ、鼻をかませてくれた。
…礼也からは、寝香水なのか微かに白檀に似た良い薫りが漂ってきた。
暁はそれまで大人の男が苦手だった。
亡き母の元に入り浸っていた女衒のような男たち…。
彼らは一様に下品で乱暴で、常に安酒や安煙草の匂いを撒き散らし、暁をこき使い、時には慰めものにしようと身体に触ってきたりした。
母が身を挺して庇ってくれたから、犯されることはなかったが、嫌な目に遭い続けてきたことは確かだ。
だから、大人の男に触れられると反射的に鳥肌が立つのだ。

…けれど、礼也は違った。
礼也はいついかなる時にも清潔で良い薫りがして、その大きな手は滑らかで美しく、温かかった。
その美声は穏やかで優しく、誰に対しても決して荒げたりしないのだった。

礼也の胸に抱かれると、安堵の感情が満ちてきて、身体が柔らかく解けてゆくのが分かった。
本当はいつまでもいつまでも、この逞しく良い薫りがする胸に抱かれていたい…。
決して、離れたくない…。
ずっと、一緒に居たい…。
暁は密かにそう願っていた。

…やがて…
「もう大丈夫かな?
暁。何か欲しいものはある?
温かいココアでも淹れてこようか?」

暁は少し躊躇したのち、小さな声で告げた。

「…兄さんに…ピアノを弾いて欲しいです…」

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