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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第6章 従者と執事見習い 〜執事見習いの恋〜
勇気を振り絞り、懇願する。
「…兄さんの、ピアノが聴きたいです…」

「ピアノ?」
驚いたように、礼也が眼を見張る。
「…この間、兄さんがお茶会の時に弾いていた曲…あったでしょう…?」
「ああ…。シューマンのトロイメライね」
「すごく綺麗で…僕…胸が苦しくなったんだ…」
…近しい友人たちに暁をお披露目するお茶会を、礼也が開いてくれたことがある。
その時に、友人たちに乞われて礼也はピアノを弾いた。

『本当はピアニストになりたかったんだ。
…才能がないからすぐに諦めたけれどね』
そう言いながら暁を見て照れたように微笑んだ。

…そっと、その長く綺麗な指を置いた鍵盤から流れ出したのは、生まれて初めて聴いた例えようもなく美しい音楽だった。
こんなにも美しい音楽がこの世にあるのだろうか…と、夢見心地のまま、暁は全身全霊で礼也が奏でる音楽に聴き入ったのだ。

礼也は人懐っこい甘い眼差しで笑った。
「それはありがとう。
…でも、最近練習してないからなあ…上手くないよ。
間違えても笑うなよ?」

「笑わない。
兄さんのピアノ、大好き」
暁は無邪気を装い、礼也に抱きつく。
…白檀の薫りと引き締まった逞しい胸…。
この美しい兄を自分は独占している。
今、この瞬間なら。
それは、奇跡のように思えた。

礼也は軽々と暁を抱き上げると、部屋を横切る。
「…では、音楽室に行こう。
お前の気持ちが落ち着くまで、何度でも弾いてあげよう」

「…兄さん…」
…こんなに幸せで、いいのかな…。

暁は泣きたくなるような衝動に襲われ、礼也の胸に貌を埋めた。


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