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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第2章 狭霧の告白
「…狭霧?…狭霧?」
…和彦の声で漸く我に帰る。
ああ、ここはカフェだ。
俺たちは付き合って何ヶ月になるんだったか…と、狭霧はぼんやり考える。
…目の前の男を改めてじっと見つめる。
正直、男と真剣な交際をしたのは和彦が初めてだった。
付き合ってみると和彦はやはりと言うか、とても誠実で優しく賢く話題も豊富で…

…そして…

「どうしたの?ぼんやりして」
不思議そうに小首を傾げる。

「…ああ、ごめん。
少し考えごとをしていた。
なんでもない」

…身体の相性も、抜群に良かった…。

狭霧はそっと微笑む。
和彦は眩しげに眼を伏せた。
そうして、運ばれてきた珈琲を行儀良く口に運ぶと、幾分声を顰めて尋ねた。

「…ねえ。これからどうする?
…武蔵野の家は、今日も誰もいないよ。
お父様もお母様も、あの家は人里離れていて不便だし、なんだか陰気くさい…て敬遠しているんだ」 

「…ふうん…」

…昼なお暗い武蔵野の雑木林の奥にひっそり佇む山科家の別邸…。
そこは今や、和彦と狭霧の情事の館と化していた。
幽霊でも出そうなクラシカルな古い館だが、週に一度の通いのメイドが掃除に来るくらいなので、大層気楽だった。
最近は和彦と狭霧はその館に入り浸り、愛し合うか、絵を描くか、夜通し蓄音機のレコードを聴くか…と、凡そ自由気ままな生活をしていたのだ。

狭霧は頬杖えをつき、ちらりと上目遣いで和彦を見遣った。
…それがどれほど妖艶に見えるか…もちろん承知していた。

「…行ってもいいよ…。
ワインはある?
甘口のドイツワインがいいな。
それからブルーチーズ、ベルーガキャビア…紀伊國屋のオイルサーディン…」
「狭霧の好物は全部用意してあるよ。
アンデルセンのライ麦ブレッドもある」
…まるで愛する母親のご褒美をねだるような一途な眼差しだ。
狭霧は長い睫毛越しに、和彦に甘く微笑んでやった。

「…じゃあ行く…」




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