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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第2章 狭霧の告白
「…ねえ、狭霧…。
僕のこと、愛してる…?」
…情事のあと、まだ甘い蜜のような快楽が全身を覆い尽くしている。
微睡の訪れを感じながら、狭霧は恋人の腕の中、彼の一途な問いかけに小さく笑った。

…狭霧、僕を愛している?
和彦の問いかけはまるで心地よいレコードだ。
いつも事後に必ず不安げに尋ねるのだ。
何度も、何度も…。
それは無条件に自分が愛されていると思わせる心地よい音色だ。

「…さあね…」
けれど狭霧はいつもはぐらかす。
愛などと言う実体のないものを簡単に肯定する気にはなれないからだ。

返事の代わりに、狭霧は和彦の引き締まった胸に貌を埋めてやる。
この温かな温もりは、本物であり、今の狭霧には何よりも快適で必要であったからだ。
和彦は大切そうに狭霧を抱き竦める。

…明治初期に建築されたという武蔵野の別宅は煉瓦造りで古めかしく、暖房器具は古風な暖炉しかない。
広々とした真鍮の寝台はいつもひんやりと冷たかった。
だから、こんなふうに二人は強く抱き合って熱を分かち合うのだ。
…まるで、身も心も深く愛し合う恋人同士のように…。

「…愛とかなんとか…考えたことはないな。
目には見えないし、掴めない。
だからよく分からない」

和彦の優しい瞳に落胆の色が滲む。
「…けれど、お前とこんなふうにセックスするのは好きだ。
すごく気持ちいい…」
「…狭霧…」
微かに困ったような…また、傷ついたような眼差し…。
…少しだけ、可哀想になる。
和彦は、何を欲しがっているのだろう。
身体はもう分かち合ったのに。
あとは心?
そんなもの、自分ですらよく分からないのに。

…仕方ないな…。
狭霧は苦笑しながら、片肘をつき起き上がる。
和彦の端正な貌の輪郭をそっと指先でなぞる。

…綺麗な貌だ…。
無垢で誠実で…和彦の貌を見ると、気分が良くなる。

…だから、こう言ってやるのだ。
自分が表現できる最大級の『愛の言葉』を。

「和彦の貌も身体も言葉も、すべて好きだ。
俺が今、一番好きなのひとは和彦だ。
恋人も和彦だけだ。
…これじゃだめ?」



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