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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第2章 狭霧の告白
しかし和彦は諦めなかった。
武蔵野の別邸から抜け出し、麹町にいる母親の元に向かった。
そうして、自分から狭霧を愛したこと。狭霧に罪はないこと。また、自分が如何に狭霧を愛しているか、彼と共にいられなくては生きている甲斐がない。今すぐ死ぬ覚悟があるのだ…と、和彦を溺愛している母親に涙ながらに訴えたのだ。
和彦は母親にとって、嫁いで十年目に漸く授かった一粒種の誰よりも大切な息子だった。
母親は和彦が命を絶つことを何よりも恐れた。
…自殺されるよりは、男であろうとひとまずは認めた方が得策ではないかと思ったのだ。
貴族の令嬢がそのまま中年婦人になったような純粋無垢な母親は、和彦の手を握りしめ、頷いた。
『分かりました。
お母様に考えがあります。
すべてお任せなさい。
その代わり、死ぬなどということを二度と口にしてはなりませんよ』
…と。
母親は父親には内密で、和彦の旅券を発行し、和彦と自分の預金をすべて下し、株も現金化した。
『ひとまず、狭霧さんと欧州へお行きなさい。
…そうね、巴里が良いわ。
貴方も狭霧さんも絵がお好きでしょう?
巴里は芸術の都ですよ。たくさんの素晴らしい芸術家が活動しているわ。
貴方もこの機会に見聞を広めるのも悪くはないでしょう。
広い世界を見て、人生のお勉強をなさい』
…母親は、日本を離れ、欧州に行けば、和彦の目も覚めるのではないかと、密かに考えたのだ。
どの道、このままの状態ならば、和彦はどれだけ父親が反対しても狭霧と会い続けるだろう。
騒げば騒ぐほどに頑なになるに違いない。
若者の恋は麻疹みたいなものだ。
環境を変えて、冷静にさせることが大事なのだ。
また、もしこのまま日本に居たら、狭い世間のこと。
恐らく噂好きの社交界の人々にもあっという間に二人のことが知れ渡るに違いない。
それならばいっそ二人で外国に行かせてしまえば、熱りも冷め、こちらで、おかしな噂や醜聞も広がらないだろう。
そして、お互いに目が覚めたのち、女性の恋人を見つけるやもしれない…と。
…和彦の母親は、自分の希望的計略に賭けたのだった。
武蔵野の別邸から抜け出し、麹町にいる母親の元に向かった。
そうして、自分から狭霧を愛したこと。狭霧に罪はないこと。また、自分が如何に狭霧を愛しているか、彼と共にいられなくては生きている甲斐がない。今すぐ死ぬ覚悟があるのだ…と、和彦を溺愛している母親に涙ながらに訴えたのだ。
和彦は母親にとって、嫁いで十年目に漸く授かった一粒種の誰よりも大切な息子だった。
母親は和彦が命を絶つことを何よりも恐れた。
…自殺されるよりは、男であろうとひとまずは認めた方が得策ではないかと思ったのだ。
貴族の令嬢がそのまま中年婦人になったような純粋無垢な母親は、和彦の手を握りしめ、頷いた。
『分かりました。
お母様に考えがあります。
すべてお任せなさい。
その代わり、死ぬなどということを二度と口にしてはなりませんよ』
…と。
母親は父親には内密で、和彦の旅券を発行し、和彦と自分の預金をすべて下し、株も現金化した。
『ひとまず、狭霧さんと欧州へお行きなさい。
…そうね、巴里が良いわ。
貴方も狭霧さんも絵がお好きでしょう?
巴里は芸術の都ですよ。たくさんの素晴らしい芸術家が活動しているわ。
貴方もこの機会に見聞を広めるのも悪くはないでしょう。
広い世界を見て、人生のお勉強をなさい』
…母親は、日本を離れ、欧州に行けば、和彦の目も覚めるのではないかと、密かに考えたのだ。
どの道、このままの状態ならば、和彦はどれだけ父親が反対しても狭霧と会い続けるだろう。
騒げば騒ぐほどに頑なになるに違いない。
若者の恋は麻疹みたいなものだ。
環境を変えて、冷静にさせることが大事なのだ。
また、もしこのまま日本に居たら、狭い世間のこと。
恐らく噂好きの社交界の人々にもあっという間に二人のことが知れ渡るに違いない。
それならばいっそ二人で外国に行かせてしまえば、熱りも冷め、こちらで、おかしな噂や醜聞も広がらないだろう。
そして、お互いに目が覚めたのち、女性の恋人を見つけるやもしれない…と。
…和彦の母親は、自分の希望的計略に賭けたのだった。