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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第2章 狭霧の告白
それからさな絵は、夫があらかじめ上海行きのために申請してあった狭霧の旅券と、狭霧名義の株を売却した金を金庫から密かに盗み出した。
山科夫人が用意した和彦の為の額には少しだけ足りなかったので、預金してあった自分の持参金もそれに加えた。
狭霧が巴里で肩身狭くなく暮らして欲しかったのだ。
…夫には、狭霧が和彦と無事に欧州に旅立ってからすべてを伝えようと決めていた。
だから、夫や使用人たちにはさな絵が狭霧のために上海行きの準備をしているかのように見せかけた。
その手伝いを引き受けてくれたのは千雪だった。
…けれど…
『…お母さん…。
兄さんは、山科様とご一緒に巴里に行かれて、お幸せになるのでしょうか…』
慌ただしく支度を整えるさな絵を見守りながら、千雪がぽつりと呟いた。
千雪は明らかに寂しげに落胆しているように見えた。
…あれだけ狭霧さんを大好きで、憧れていたのだから、仕方ないわ…。
さな絵は支度の手を休め、小さく微笑んだ。
『…さあ…。
それはお母さんにも分からないわ…。
…けれど、おふたりが愛し合っていらっしゃることだけは、分かるわ…』
…あんなに苦しくも激しく熱い愛を、私は知らなかった…。
それが、少しだけ羨ましくも妬ましい…。
心の中でそっと呟いた。
千雪は少女めいた長い睫毛を瞬き、微かに寂寥感を滲ませながらも…やがて小さく頷いた。
『…そう…そうですね…。
兄さんは山科様にあんなにも愛されていらっしゃる…。
…兄さんも…山科様を愛していらっしゃる…。
…それならば、僕たちがなにかを言うべきではないですよね…』
…最後は自分に言い聞かせるかのように、さな絵には聞こえたのだ。
山科夫人が用意した和彦の為の額には少しだけ足りなかったので、預金してあった自分の持参金もそれに加えた。
狭霧が巴里で肩身狭くなく暮らして欲しかったのだ。
…夫には、狭霧が和彦と無事に欧州に旅立ってからすべてを伝えようと決めていた。
だから、夫や使用人たちにはさな絵が狭霧のために上海行きの準備をしているかのように見せかけた。
その手伝いを引き受けてくれたのは千雪だった。
…けれど…
『…お母さん…。
兄さんは、山科様とご一緒に巴里に行かれて、お幸せになるのでしょうか…』
慌ただしく支度を整えるさな絵を見守りながら、千雪がぽつりと呟いた。
千雪は明らかに寂しげに落胆しているように見えた。
…あれだけ狭霧さんを大好きで、憧れていたのだから、仕方ないわ…。
さな絵は支度の手を休め、小さく微笑んだ。
『…さあ…。
それはお母さんにも分からないわ…。
…けれど、おふたりが愛し合っていらっしゃることだけは、分かるわ…』
…あんなに苦しくも激しく熱い愛を、私は知らなかった…。
それが、少しだけ羨ましくも妬ましい…。
心の中でそっと呟いた。
千雪は少女めいた長い睫毛を瞬き、微かに寂寥感を滲ませながらも…やがて小さく頷いた。
『…そう…そうですね…。
兄さんは山科様にあんなにも愛されていらっしゃる…。
…兄さんも…山科様を愛していらっしゃる…。
…それならば、僕たちがなにかを言うべきではないですよね…』
…最後は自分に言い聞かせるかのように、さな絵には聞こえたのだ。