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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第2章 狭霧の告白
狭霧は礼也に俄然興味が湧いた。
…この、まだ若くして近い将来男爵の爵位を継ぐという男は、如何にも趣味と仕立ての良いツイードのジャケットを優雅に身に着けていた。
ふわりと巻かれた黒いマフラーは上等なカシミアだ。
甲板の微かなランプの灯りにも輝くほどに磨き上げられた革靴は、恐らくはイタリー製の高価なものだろう。
背はすらりと高く、長身の和彦よりも更に長躯であった。
貌立ちは凛々しく、しかも自信に満ちた聡明さが漂う端正な美丈夫だった。
けれど、冷たい感じがしないのは、その人好きする朗らかな笑顔だろう。
人柄の良さは、今交わした会話で証明済みだ。
欧州旅行に一人で赴くという度胸の良さや爽快な好奇心も好もしいものだ。

…こんなにも全てを完璧に持っている人間がいるのだ…。
狭霧は眩しく…少しだけ妬ましくなる。

…それで、つい口を開いてしまったのだ。

『…縣様。
縣様には愛するおひとはいらっしゃいますか?』
礼也は驚いたように雄々しい眉を跳ね上げた。

『…狭霧…』
常識人で礼儀正しい和彦は狭霧の不躾な質問に、そっと袖を引いた。

狭霧はわざとぞんざいに肩を竦めて見せた。
『失礼いたしました。
貴方のようにすべてを兼ね備えた完璧な紳士が、愛するお方はどんな方なのか…単なる下世話な好奇心です。
…俺は、貴方や和彦のようにやんごとない貴族ではないので、口の聞き方を知らないのです』

礼也は少しも気分を害した様子もなく爽やかに笑った。
『私は率直な物言いをされる方は大好きですよ』
…そうして、誠実さを宿した眼差しで狭霧を見つめた。

『…居りますよ。
心からお慕いし、崇拝申し上げている私だけの美しいオーロラ姫が…』
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