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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第2章 狭霧の告白
船がカレー港に接岸する際、礼也は美しい筆跡で書かれたカードを差し出した。
『…もし巴里でお困りなことがありましたら、16区のロッシュフォール公爵家をお訪ねなさい。
公爵の御子息ジュリアン・ド・ロッシュフォールは私の親友です。
彼の母親は鍋島家のご出身で、ロッシュフォール公爵は日本大使を歴任されておられました。
そのため、ジュリアンはフランスと日本、両方の国で育った人です。
もちろん日本語は堪能ですし、何より明るく面倒見の良い青年ですから必ずやおふたりに力を貸してくれるでしょう』

『ありがとうございます。
このご恩は決して忘れません』
和彦は深々と頭を下げた。

狭霧は尋ねた。
『縣様は、これからどちらに行かれるのですか?』
『私はこのまま船に乗ってナポリに行きます。
細かくは決めていないのです。
ナポリに着いたらアマルフィ海岸、ポンペイ遺跡。
…フィレンツェ、サンジミニアーノ、モンタレジオーネと脈略なく回るつもりです。
イタリアは魅力的ですよ。
古い歴史と素晴らしい芸術、美しい教会や荘厳な建築物。明るい陽光、陽気な人々、カンツォーネ…。
禁欲的な英国人はイタリアに精神の解放を求めて旅をするそうです。
私もそれを求めているのかな…。
…時間が許せばギリシャにも行きたいですね。
アテネのアクロポリスに立ち、神々の面影を追い求めたいのです』
礼也の聡明な瞳は好奇心できらきらと輝いていた。
…まるで、少年のように…。

朝陽に照らされた礼也の笑顔は眩しかった。
…このひとはこんなふうにずっと、陽の当たる場所を歩き続けるのだろう。
少しだけ、羨ましい。
けれど、自分は自分の人生を生きるしかないのだ。
礼也と、この先人生が交わる日が来るのか…それは神のみぞ知ることだ。

狭霧は極上の笑みを浮かべ、礼也に別れを告げた。

『縣様。どうかお元気で。
…また、いつかお会いする日が来ることを願っております』



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