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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第1章 出会い
「まずは君の家に送ろう。
家はどこ?何区?」
広々としたロールスロイスの車内は、さながら豪華な応接間だ。
革張りのシートは狭霧の身体を包み込むように柔らかい。
床は天鵞絨の絨毯まで敷かれている。

…この車、最新型じゃないか。
日本人で、こんな車に乗っているなんて…。
いったい、この人物は何者だろう…。

「…家は…ない」
男は端正な眉を寄せた。
「…え?」
「…昨日、追い出された。
家賃払えなくて…」
「君は大学生?それとも…」
狭霧は男の問いかけを煩げに跳ね除ける。
「エコール・デ・ボザールの学生だった。
だけど国からの仕送りが途絶えて学費も家賃も払えなくなったのさ。
…もういいよ、適当な場所で野宿するから。
その辺で下ろしてくれ」

窓の外を見遣る。
細かな雪が静かに、降り積り始めていた。

…初雪…か…。
ぼんやり見上げていると、
「この雪の中、野宿したら明日には間違いなく天に召されているよ」
諭すような言葉だった。
「うるさいなあ。
放って…」
男の指が、狭霧の顎を捉える。
「…それに…」
…温かな温もりが、じわりと伝わる。
革手袋はいつの間にか外されていた。

「…君みたいな綺麗な青年がこんないかがわしい界隈で野宿したら、別の意味で命を落とすだろうな」
男の眼差しに、微かな艶が刷かれていた。

「…あ…」
…男の高貴な美貌に、思わず見惚れ…そんな自分を恥じるようにそっぽを向いた。
「あんたに関係ないだろう!
俺が男にヤられようと何しようとさ!」
運転席の初老の男が、呆れたような視線をバックミラー越しに送り
『Oh mon dieu !』
…なんてこった…!
と、運転手は呟いたのだ。

…日本語で話してたのに、なんだよ。

男が可笑しそうに笑った。
「ジャックは日本語は堪能だよ。
彼は長年日本の大使館付きの運転手だったからね」

…そうして男は陽気に…けれど有無を言わせぬオーラを放ちながら運転手に告げたのだ。

「ジャック。このまま私邸に行ってくれ。
…君がこれ以上、はしたない日本語を覚えないで済むように…ね」





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