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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第2章 狭霧の告白
仏蘭西領事館から和彦の死の知らせを受けた両親が、パリに到着したのは、一ヶ月後のことだった。
日本から欧州までは最短航路でもそれくらいかかるのだ。
対面は葬儀が行われたモンマルトルの教会で行われた。
教会の霊安室に預けられていた質素な陶器の骨壷を神父から手渡された和彦の母親は、中の遺灰を見るなり悲鳴を上げた。
…欧州では、火葬せずに土葬し墓地に埋葬するのが通常だ。
けれど、日本に遺体をそのまま持ち帰る訳にはゆかない。
一ヶ月の航海が必要だからだ。
例外的に、疫病で亡くなった遺体や、異宗教の場合は火葬される。
事情を聞いた神父が掛け合い、和彦は特別に火葬された。
けれど、欧州では遺体は灰になるまで焼かれる。
骨は残らない。
さらさらの、白い灰が和彦の最期の姿だった。
母親は号泣しながら、狭霧に掴み掛かってきた。
『この人殺し!人殺し!
和彦さんを…和彦さんを…返してちょうだい!
あなたが和彦さんを誘惑して…和彦さんの人生をめちゃくちゃにしたのよ…!
あなたに知り合わなかったら、和彦さんはこんな異国の地で殺されることなんかなかった…!
全部あなたのせいよ…!
人殺し!人殺し!』
『醇子。よさないか。
彼を責めてももう和彦は帰っては来ない』
和彦の父親、山科子爵が諦観の表情で妻を止める。
…和彦の面影を宿した端正な紳士だった。
『元はと言えば、お前が了承して二人を外国に行かせたのだ。
お前にも非はある』
元判事らしい冷静な言葉だった。
『いいえ!貴方。あの時だって、この人が和彦さんを唆したのよ!
そうでなければ、あんなに素直で穏やかな和彦さんが、おかしくなったりしないわ!
この人は悪魔よ!』
母親は鬼の形相で呪詛の言葉を吐き続ける。
『この悪魔!私は一生あなたを赦さない!
恨んで恨んで…呪い殺してやるわ…!』
異国の言葉は分からないが状況を察した神父が、母親に慈悲深く告げた。
『L’amour ne fait point de mal au prochain.
L’amour pardonne.』
…愛は隣人に危害を加えることではありません。
赦すことが愛なのです…。
『…さあ、彼の魂が安らかに神の御許にゆけるように祈りましょう』
神父が祈りを捧げる。
母親は、我に還ったかのように眼を見張り…やがて和彦の遺灰を抱きながら静かに嗚咽を漏らしたのだ。
日本から欧州までは最短航路でもそれくらいかかるのだ。
対面は葬儀が行われたモンマルトルの教会で行われた。
教会の霊安室に預けられていた質素な陶器の骨壷を神父から手渡された和彦の母親は、中の遺灰を見るなり悲鳴を上げた。
…欧州では、火葬せずに土葬し墓地に埋葬するのが通常だ。
けれど、日本に遺体をそのまま持ち帰る訳にはゆかない。
一ヶ月の航海が必要だからだ。
例外的に、疫病で亡くなった遺体や、異宗教の場合は火葬される。
事情を聞いた神父が掛け合い、和彦は特別に火葬された。
けれど、欧州では遺体は灰になるまで焼かれる。
骨は残らない。
さらさらの、白い灰が和彦の最期の姿だった。
母親は号泣しながら、狭霧に掴み掛かってきた。
『この人殺し!人殺し!
和彦さんを…和彦さんを…返してちょうだい!
あなたが和彦さんを誘惑して…和彦さんの人生をめちゃくちゃにしたのよ…!
あなたに知り合わなかったら、和彦さんはこんな異国の地で殺されることなんかなかった…!
全部あなたのせいよ…!
人殺し!人殺し!』
『醇子。よさないか。
彼を責めてももう和彦は帰っては来ない』
和彦の父親、山科子爵が諦観の表情で妻を止める。
…和彦の面影を宿した端正な紳士だった。
『元はと言えば、お前が了承して二人を外国に行かせたのだ。
お前にも非はある』
元判事らしい冷静な言葉だった。
『いいえ!貴方。あの時だって、この人が和彦さんを唆したのよ!
そうでなければ、あんなに素直で穏やかな和彦さんが、おかしくなったりしないわ!
この人は悪魔よ!』
母親は鬼の形相で呪詛の言葉を吐き続ける。
『この悪魔!私は一生あなたを赦さない!
恨んで恨んで…呪い殺してやるわ…!』
異国の言葉は分からないが状況を察した神父が、母親に慈悲深く告げた。
『L’amour ne fait point de mal au prochain.
L’amour pardonne.』
…愛は隣人に危害を加えることではありません。
赦すことが愛なのです…。
『…さあ、彼の魂が安らかに神の御許にゆけるように祈りましょう』
神父が祈りを捧げる。
母親は、我に還ったかのように眼を見張り…やがて和彦の遺灰を抱きながら静かに嗚咽を漏らしたのだ。