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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第3章 新たなる道の前で
食事が済むと、狭霧は再びマレーにせっつかれながら渋々、大階段を上がり、二階の伯爵の書斎に向かった。

…なんだっていうんだ。
俺にまだ用があるっていうのか。
もう帰してくれたっていいじゃないか。
そりゃ、昨日は…和彦の話を聞いてもらって…なぜだか分からないけど号泣してしまった。
そのまま眠ったらしく、迷惑かけちゃったけれど…。
…だけど謝ったし。
もう俺と、大貴族で外交官の伯爵様なんて…。
そんなエリート、俺の人生に何の関わりもないんだから。
狭霧は中っ腹になりながら、扉にノックする。

「どうぞ」

…中に入ると、伯爵がマホガニーの重厚なライティングデスクに向かい、何か書き物をしている最中だった。

「かけたまえ」
ゆったりとした広い長椅子を勧められる。
腰を下ろした刹那、ふと…。
…ライティングデスクの前に飾られた写真立てが目に入った。
写真に写っているのはまだうら若き女性と、幼女だ。
如何にも上等で優美なドレスを身に纏った大層美しい…けれどどこか薄倖そうな表情の、さながら脆い玻璃でできたような貴婦人が二、三歳の可愛らしい幼女を膝に乗せ、微笑んでいる写真であった。

狭霧は瞬間的に閃いた。
「…これ、もしかしてあんたの奥さんと子ども?」

伯爵は写真立てに眼を向け、静かに微笑んだ。
「ああ、そうだ。
…娘と…三年前に亡くなった妻だ…」

狭霧は息を呑んだ。




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