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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第1章 出会い
案内された来客用バスルームもため息が出るほどに趣味がよく、豪奢な造りだった。
天井が高く、ミルク色の湯気が濛々と立ち込める。

…薫りの良い菫のシャボンは、サンタマリアノヴェッラの高級品だ。
狭霧は久々に清潔で広々としたバスタブでゆったりと湯に浸かり、身体を洗った。
口元の傷口が少し滲みたが、思ったよりも深い傷ではなさそうだ。
手足も軽い打撲で済んでいる。
…まあ、別に…どうでもいいんだけど…。
投げやりに、紅い擦り傷の浮いた白い掌を見つめる。

…それにしても…と、狭霧は思う。
あの北白川伯爵…どういうつもりで俺を屋敷に招いたのかな。

…名門貴族、フランス大使館の公使、眼を見張るような成熟した美貌の紳士、陽気で自信に裏打ちされた洗練された仕草や言葉…。
どれもこれも今の狭霧には眩しすぎるものばかりだ。
自分との繋がりや共通点など皆無だ。

疲れ果てた脳には、はっきりした考えも浮かばず、狭霧は諦めたように首を振った。
めんどくさい。
どうでもいい。
きっと、金持ちのお貴族様のきまぐれだろう。
慈善事業が好きそうだから、その一環かな。
狭霧はそう結論づけ、バスタブからゆっくりと立ち上がる。

…やや曇る硝子窓の外、白い雪は静かに降り続いていた。





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