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春雷に君
第2章 一夜明けて
「はい、完了」
「ありがと」
「俺もサッと乾かすから待ってて」
「うん」
先に部屋に戻って水分補給をしたあと、化粧セットを入れたポーチをバッグから取り出す。
――スッピン、がっつり見られたなぁ。
高校の頃も軽く化粧をしていたし、完全なるスッピンなんて家族か長くお付き合いした元カレにしかさらしてない。
セックスをするより、スッピンを見られるほうが恥ずかしい気がする。
意外と男性はスッピンに対して好意的だと耳にすることもあるけれど、市崎くんがそうだとは限らない。
――簡単にしとこ。
下地を塗って眉を描いてアイラインを引いたところで市崎くんが戻ってきた。
冷蔵庫から水を取り、ソファーで化粧をしている私の隣に腰を下ろしてのどを潤す市崎くん。
飲み終えてからも移動することはなく、化粧をしている私をじっと見ている。
「あの……あまり見ないで」
「え、ごめん。つい……っていうか、何で化粧してるんだろって思って」
「何でって……」
「もう帰るだけなら、その伊達メガネとマスクしとけば化粧する必要ないよなって」
――あっ、確かに。
「無意識にしてた」
「じゃあさ、朝ごはん付き合ってくれない? 近くに朝からやってる美味しい定食屋あるんだよ」
「……うん。行きたい」
空腹でフラフラになって帰るより、何かを食べて帰りたい。そう思ってファンデーションのパクトを閉じた。
「忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」
身支度を整えて部屋を出る。
「裏から出よっか」
「……うん」
自然と手を繋いでラブホテルをあとにする。
――市崎くん、外で手を繋ぐ派なんだ。
元カレは外で手を繋いでくれなかったから新鮮で、繋がれた手から伝わってくる温もりに何となくホッとする。
「着いたよ」
数分歩いたところで足を止めた市崎くんが私を見る。
手をそっと離した市崎くんが「定食屋 コマキ」という暖簾をくぐって引き戸を開けてくれたのであとに続く。
外観は暖簾がかかっていなければ一般家庭の玄関先に見えたし、ひとりだったら気がつかなかった。
内観はテーブルや椅子にこだわっているのか小洒落た雰囲気で女性客もちらほらといた。