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春雷に君
第2章 一夜明けて
「コマキさん。俺たちお腹すいてるんで、なるはやでお願いします」
「ええ、お任せください。では失礼します~」
女性が私に微笑んで去っていく。
――今、コマキさんって……。
「藤崎、戸惑わせてごめん。今の人はここの店主……キッチンにいる男性の奥さんなんだ」
「そうなんだ。市崎くんはこの店に通って長いの?」
「うーん、たぶん2年くらいかな」
「長いね。だから名前も覚えられてるんだ?」
「いや、実は職場の後輩のご両親なんだよね。そういう関係で名前も覚えられてるんだ」
「なるほど……」
――そういえば、家も近いって言ってたよね。
生活圏内にある店にこんなふうに私を連れてきて大丈夫なんだろうか。
その職場の後輩には高確率で話が伝わるはずだけど。
「藤崎は、何も心配しなくていいよ」
「え……」
考えてることが顔に出ていただろうか。
「おいしいもの食べるとさ、いっときの悩みなんて忘れちゃわない?」
「……わかる」
「だからできるだけ、おいしいものを体に入れたくてさ。とは言っても、普段はスーパーの弁当ばっかなんだけどさ。もちろん、たまに自炊もするよ? 本当にたまーにだけど……」
「ははは、それもわかる」
同じような生活を送ってる市崎くんに一気に親近感が湧いて思わず笑うと、市崎くんが頬杖をついて穏やかに笑う。
「藤崎さえよければさ、またこうやって二人でごはん食べない? ……まだ食べてないけど」
「あははっ、確かに。はぁ~お腹すいたね」
「だね。昨日は激しい運動したからね」
「ちょっ……」
慌てて口元に指を当ててシィー! とすると、市崎くんはケラケラと楽しそうに笑う。
笑うと子どもっぽいな。と思っていると、いい匂いが漂ってきて二人して匂いの方向へ目を向ける。
「お待たせいたしました~」
女性店員がから揚げ定食とハンバーグ定食を運んできてくれた。
「ごゆっくり、お召し上がりください」と女性は戻っていき、「さ、食べよ食べよ」と箸を持って手を合わせている市崎くん。
「いただきますっ」
箸を入れてわかるやわらかさ。
口に入れるとほぼ噛まなくてもなくなる肉汁じゅわ~なハンバーグは、とんでもなくおいしかった。