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 縄師-Ⅲ 小父とM女。
第3章  芳恵
「今日も着物だな」

「はい。実は着物しか持ってないんです」

 別れた主人の親が何かの家元でという話しだが、俺にはどうでもいいことだ。

「腰巻きの裾よけと、長襦袢でこの台に乗ってくれるか」

 芳恵が施術台で正座した。

 不感症には色々なケースがある。
 
 代表的なのはセックスそのものに精神的な嫌悪感がある場合。それと、物理的な痛みだけしか感じられない場合だ。

 芳恵の場合。結婚した相手の男は充分な前戯も無く遮二無二挿入し、自分だけ射精して満足するというセックスだったようだ。

 そんなものは女にとって苦痛以外の何ものでもない。

 女は人形のように無反応になる。それを女のせいにする男には、性の喜びは永遠に与えられないだろう。
  
「馬鹿な男だ」
 俺は芳恵の肌の感触を思い出しながら、別れた男を憐れんだ。

 どうせ後妻は感じた振りの演技だけで男を取り込む後妻業のような女だろう。
 
「どうします?」
 長襦袢を着た芳恵が襟を押さえて裾の乱れを気にしながら聞いた。

「裸より薄着の方がよく似合うな。遊女みたいだ」

「遊女との経験があるんですね」

「有る訳ねえだろ。ビデオでだよ」
 
 正座した芳恵の着物を肩から落とし改めて背中を撫でる。
 
「うん。綺麗だ」 
「嬉しい。もっと言って」
「この可愛らしさは犯罪のレベルだ。あんた結婚するまでバージンだったろ」
「さあ。どうかしら」

「第一この肌が素晴らしい。神の贈物かと思うよ」

 初日に試した空彫りは完全に姿を消していた。もしあの時墨を入れていたら、クッキリと鮮やかな筋が残っていたに違いない。

 幽齋が生きていたら、この肌を見て何と言うだろうと想いを馳せた。
 師の彫り様を見たかったのと、俺が彫れる幸運を比べて死んだ師に感謝した。

「この肌に俺が墨を入れていいのかって思うよ」

「ねえ、持ち主の私を無視して勝手に皮膚と話しを進めないでくれますか」

芳恵がクスッと笑って文句を言った。

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