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 縄師-Ⅲ 小父とM女。
第1章  小父の半生
 条件付きで何とか退院にこぎ着けた師匠と2人、工房で生活した。

 そりゃあ毎日が凄まじかった。

 俺は師匠が生きるためのマニュアルを全てこなしたうえで、師匠が俺や自分の身体を教材にして、それこそ命懸けで針と墨を教えてくれることを覚えていった。

「儂は女の身体が好きで、それを触って泣き声やよがり声を聞くために彫り師になった。 芸術なんか糞食らえだ。男のお前には給料も小遣いもやらん。それでよければ弟子にしてやるし、よし乃の彫り技も教えてやる。儂が死ぬまで時間は半年も無いだろうがお前も死ぬ気で覚えろ」
 そう言われて俺は弟子入りした。 

 俺は、何故こんな苦労をしてまでここにいるのかわからないまま、言われるとおりに準備を整え、よし乃が戻り、よし乃を彫りながらやっと俺がいる意味がわかった。

そして師匠は、余命半年と言われてたのが1年半も延びて、よし乃の曼荼羅と菩薩が完成した。

「えっ。延びたんだ」
 リョウと千鶴が顔を見合わせた。

「生きる張り合いができたんだろうな。それに、また女の泣き声を聞けて生命力が湧いてきたみたいだし」

「へーていうか、それどういう意味?」
 リョウの母親だ。
 言い回しに失敗した。少し面倒くさくなってきた。

 芳恵だけはその意味が解った筈だ。他所を向いて笑っている。

「痛けりゃ普通は悲鳴を上げるよな。それを我慢するのに他所ではゴムに布きれを巻いた物を噛ませる。歯を食いしばるってやつだ。だけど師匠は泣いても騒いでもいいから声を聞かせろって人で、その声を聞きながら早さとか針を選んだりするんだけど……。まあそういうことができると免疫細胞が活性化して癌細胞を抑えるということだな」

 俺が弟子を続けるのも、師と同じように悲鳴を上げる女が好きだからだと、そんなことはひと言も悟られずに何とか納得させた。
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