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 縄師-Ⅲ 小父とM女。
第2章   彫り師、幽齋(ゆうさい) 
 店のボックス席はもう2席客が入っていたが、ゆかりはお構いなしに店中に響く声で、
「汚れているかそうでないか、あんたのホステス生活の最後だ。彫り幽の蓮の花。見せてやるからよっく見ろ」

 啖呵を切り左足をテーブルに乗せて着物のエリ下(裾)を両手で開く。

 白い内股に淡いピンク、青で描かれた蓮の花が鮮やかにそこに咲いた。

「驚いた。見事じゃないか」

 ボックス席にいた見知らぬ客が感嘆の声を上げたので次々に客が見に来た。

 師は「保管状態がいいな。毎日剃ってるのか」
「いいえ。3日おきです。ねえ。お弟子さんメンテに来てくれません? そしたらあんな噂も出なくなるし」
 ちいママに呼ばれて出ていくホステスを見ながらゆかりが言う。

「残念ながら修行中なんだよ」
 師の存命中に覚えることは山のようにあった。

 今夜このクラブでの出来事全てが師の刺青を取り巻く現状で、それが俺への教育というわけだ。

 「師はこんなことを言ってました。『刺青を入れた者は、我慢を通したことで自信ができる。生き方に変化が生じる。
 それは施術側の問題ではないが、そうなることを知らなければいけない』と。確かに菊池ゆかりって子は刺青を入れるまであんな啖呵が切れる子じゃ無かったと思います」
 

 刺青には明らかに人格を変える力があることを学んだ。

 葬式が終わり、彫り幽が元の静寂を取り戻した。

「まさ。折角の縁だ。俺の葬式を出してくれたら、あとはのしつけて全部お前にやる。看板もやるから好きに使え」

 だれ一人身寄りの無い師に、そう言われて引き取っていた工房だが、師匠が逝くと、とたんに新規の客が激減していた。
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