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欲灯
第1章 浮気男
駅を出てロータリー方面に向かうと、この突然の雨で傘を持っていない者たちが、屋根の終点で立ち往生している。
買い物袋を沢山持った子連れの女性、電話をしている野球帽を被った男性、休日なのに得意先に呼び出されたのか、部下の害した気分を無視し愚痴をこぼすスーツ姿のサラリーマン……。
傘を持ち合わせていない啓介も、その雨宿り集団の最後尾で停まった。

ふと、人の気配を感じ横を向くと、3メートルほど離れたビルの隅で、壁にもたれかかり、困惑したように電話をしている女性が啓介の目に留まった。

(綺麗だな……いい声……あの人もドタキャンかな)

そう心で呟いた啓介の視線に気付いたその女性が目を合わせ、慌てて啓介は視線をずらした。

もう一度視線を戻すと、また目が合い、居辛くなった啓介は雨宿り集団の隙間を縫い、雨の中へ飛び込もうとしていた。

(気まずかったな。怪しい人に見られただろうか)

『彼女に対して』と『二度見に対して』に、自責の念を募らせた。



「あのすいません」



デート用で新調した、おろし立てのチェック柄シャツの袖を掴まれたと同時に背後から先程の女性の声がした。

「え!?」

突然の事に頭が真っ白になる啓介に畳みかけるように、ロングヘアの彼女は髪を掻き上げながら「傘、ないですよね・・・・・・」と、誰でも見ればわかるような質問をしてきた。

「あ、はい。ないです・・・・・・けど」

そう返す事が精一杯の啓介に、その女性は更に言葉を重ねてきた。



「・・・・・・この後、暇ですか?」



「え・・・・・・あ、はい」

突然の出来事に困惑する間もなく、更なる展開に啓介は頭の中の真っ白な部分に、色を関連付ける事がまだ出来なかった。



「じゃあ、私と雨宿りしませんか?」



今度は逆に女性の方が目を逸らしたのをいい事に、ようやく啓介は少しずつ冷静さを取り戻した。その女性を見て、思ったより若い、10代くらいか、20代前半だろうという予想に至った。

「え、えっと、それは」

175センチの自分より少し背の低い程度で、モデルのようなスレンダーな体型、秋を感じさせる茶系のシャツにタイトスカートと黒光りしたヒールを着こなす様は、本当にモデルの人か、もしくはテレビや雑誌の企画か何かかなと、そう思う事が精一杯だった。
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