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鬼の哭く沼
第2章 宵ヶ沼
こん、と灰を落とした煙管を箱へ戻し、唐突に大きな手で香夜の顎を掴み引き寄せる。強引に仰向かされ、至近距離から顔を覗き込まれた。肉食動物の様な鋭い視線に身を竦ませる香夜に、酒呑童子は満足そうに鼻を鳴らす。
「器量は並みだが…肌は美しい。白い肌は価値が高い…が、肝心の身体は使えんな。なんだ、この胸は。洗濯板か」
「なっ…!」
「これでは客は取れんな…どれ」
一つ、味見をしてやろう。
失礼にも程がある台詞を吐いて、酒呑童子はまじまじと香夜の身体を舐めるように見つめる。かっ、と羞恥が込み上げて反論しようとした唇を噛みつくように塞がれた。
一瞬の事に抵抗も出来ず、息を止めて凍りつく香夜の咥内へぬるりとした肉厚の舌がねじ込まれる。我に返り顔を背けようと身を捩るが、片腕で軽々と腰を引き寄せられ動きを封じられてしまった。
「ふ……っ、う…!」
唾液をたっぷりと絡めた熱い舌は強引に香夜の舌を絡め取り、歯列をなぞって良いように口腔を蹂躙する。僅かに苦みを感じるのは先程吸っていた煙草の所為だろう。固く目を閉じて荒々しく蠢く舌に翻弄されるばかりの香夜の頬を、生理的なものだけではない涙が伝い落ちた。
上手く息が出来ない。
香夜にとって初めてのキスは思いやりの欠片も見られない身勝手なそれで、呼吸の仕方を知らない者にとっては拷問にも等しい。息苦しさから相手の胸を両腕で必死に叩くも、分厚い胸板はぴくりともしない。
苦しい…このままじゃ、死んでしまう。
(嫌だ……嫌だ…嫌だ、嫌だ!!)
こんなのは無い。酷い。酷過ぎる。
………がりっ!
「………っ、貴様…!」
「っは……あっ…」
弾かれたように顔を離す酒呑童子。
ようやく解放され、荒く肩で息をする香夜の咥内には錆びた鉄の味が広がった。香夜から離した手で口元を押さえ、こちらを睨むその目は怒りに満ちている。怖い、と思ったがなけなしの自尊心で睨み返した。
「お前は、自分の立場が分かっていないようだな…」
「な、に……っが、あ…く!」
不穏な空気を纏い、ゆらりと腕を伸ばした酒呑童子に咽を鷲掴まれる。ぎちり、と締まる音がして咽が潰れ呼吸が出来ない。