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鬼の哭く沼
第6章 朔月に濡れる赤
ぴちゃん……ぱしゃん。
両の手をお椀にして、目一杯の湯を掬って持ち上げる。
ぱしゃん……ぴちゃん。
ゆっくりと薄桃色の湯が指の間から零れ落ちて、また一所へと同化する。掬って、零して、掬って、零して。飽く事無く何度もその動作を繰り返して、とっくにふやけて皺だらけになってしまった指先を見つめた。
いくら悩んでも結局答えは同じ場所に戻る。掬っても掬っても掌に残らないこの湯と同じように。
波紋を作って揺れる湯に、疲れた表情を浮かべた自分の顔が歪んで映っている。そこから立ち上がる湯気はふわりと優しい桃の香りがして、これを用意してくれた心優しい幼い双子に心の中でそっと礼を言った。
あの後九繰に抱え上げられて離れまで戻った香夜は、騒動を聞いて起きていた双子に盛大に泣きつかれた。顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、ねね様ねね様としがみつく二人に困り果てていれば「身を清める用意を」と九繰が助け舟を出してくれたのだ。
正直頭も身体もボロボロで双子を気遣う余裕などなかった香夜にとって、とても嬉しい心遣いだった。すぐさま湯の準備がされ、二人は湯の世話を申し出てくれたが丁重に礼を言って断った。
少し、一人になりたかった。
九繰の話では、あれから遅れて駆けつけた男衆たちの手によって、貴蝶は引き立てられて行ったという。その話を聞いて気色ばんだ香夜に、殺しはせぬから安心するがよいと美貌の狐は笑った。
聞きたい事は山ほどある。
貴蝶はこれからどうなるのだろうか。あのまま何のお咎めも無しに解放されるとは到底思えない。
これは自惚れでは無い。女の園故に起きる諍いは多く、だからこそ遊郭は掟に厳しい。主である須王の許可無く部外者を引き込み、九泉楼の「内の者」を害そうとしたのだ。貴蝶のした事は例え相手が香夜でなかったとしても、そしてどんな理由があったとしても許される事ではない。